キシリア閣下を戦犯と呼ぶのは止めてさしあげろ


 これよく言われるんですが、キシリア関係ないと思うんですよね。この記事では、地球連邦軍ジオン公国軍の最終決戦ア・バオア・クーの戦いをジオン軍側から振り返り、指揮官に失策があったのか。指揮官のミスじゃなければ、ジオン公国の敗因は何かということを探っていきたいと思います。

 

 

実際の指揮

 

序中盤 ギレンの指揮

 まずギレンに関して。

 ギレンが生きていれば~が言われる理由の1つが、IQ240とされるギレンのスペックの高さ。

 コロニー落としやらソーラ・レイの発射やら、こうすれば勝てるっていうジオン軍の戦略レベルでの策戦立案はギレンによるものらしい。それでも実戦指揮の経験は、ドズルはもちろんキシリアよりもないはずで、戦術能力は未知数。まあ序盤戦は比較的優位に進めてたから才能はあったのかも。

 

 ただギレンの弱点っていうのは、正にその頭が良すぎるとこ。

 冷静に戦況を分析し、敵の主力がNフィールドに集まってるのを見て、Nフィールドの備えを厚くする。ここまではいい。

 そこから自軍の主力を投入した段階で、ソーラ・レイの打撃を受けた連邦軍に対する戦力的な優位を信じて疑わなかった。だから、こちらが艦船を出し切った後に現れた連邦軍の予備兵力を軽視する。自分の中では終わった計算であるところの戦力比較をやり直すことはしなかった。

 我が軍が圧倒的だったのは、予備兵力を残した連邦軍に全力でもって当たっていたから。結果的にNフィールドもSフィールドも、ギレンの見立てほど持ち堪えてはくれなかった。

 

中終盤 キシリアの指揮

 じゃあキシリアの指揮はどうだったのか。

 連邦が余力を残していることは、キシリアはわかっていた。ギレンと比べれば、キシリアはかなり周囲を気にしている。ただそれが裏目に出た節もある。

 

 ギレンが言うにはキシリアの連れてきた艦数が合わないと。多ければ喜ぶところだから多分少ないんだろう。途中で連邦軍と会敵して負けたことはギレンも知ってるから、それを踏まえても少ない、つまりキシリアが自主的にグラナダに帰したことになる。グレート・デギンを沈めたギレンに不信感を持ったキシリアグラナダに戦力を残したってことかもしれない。ア・バオア・クーを抜かれたらグラナダは本国との連繋が断たれて動けない気もするけど。

 ギレンがデギンを殺したことで、キシリアに動揺があったのかもしれないと思うのが、Nフィールドに新手の敵艦隊捕捉の報告を受けてるのに、シャアをSフィールドに出撃させてる。まあここは描写されてないだけで、Sフィールドにも捕捉された新手の艦隊がいたのかもしれないし、なんならメタ的に台詞の間違いかもしれない。なんにしろ、Sフィールドに出撃させたおかげでガンダムにシャアをぶつけるっていう作戦が成り立つから、これはこれで失策とは言えず結果オーライ。

 

 ただ、連邦軍の予備兵力を把握はしてたけど高を括ってたのは事実だったと思う。

 艦隊戦が優位に進んでるのを見てギレンを誅殺する。

 ギレンが甘かったっていうのは、キシリアの行動が理解できなかったんだろう。キシリアが翻意を抱いていることはギレンも知ってたっぽい。でもまさか連邦との雌雄を決する戦いの最中に、自分を討つなんて思ってもみなかった。

 ギレンはあらゆる可能性を考慮できたし、それを遂行するための最も効果的な手段も取り得たけど、それらは全て合理性の範疇にある場合。戦いの最中に味方の指揮官を殺すなんて非合理的な行動は完全に予測の範囲外。

 良くも悪くも、優秀すぎる自分の頭一個の世界しか持てなかったことがギレンの限界。

 

 ギレンを討ったキシリアは早急に指揮権を継承して、MS隊の攻勢を命じる。

 この指揮権交代を敗戦要因に挙げる人もいるけど、劇中の描写的にほとんど時間はかかってないと思うんだよな。ギレン死亡→兵士達が気付く→キシリア誅殺宣言→副官事態収集までせいぜい1~2分てとこじゃない?戦闘はもう乱戦に入りかけてるし、ギレンの死亡を前線の兵士達に通達する必要はない、というか漏洩は全力で阻止したはず。司令部に前線の将官と通じてる人間がいたなら別だけど…いたかもな。でもこの情報が前線の動きを一気に止めたのかって言われると、そんなことないんじゃないかなって思うんだよね。ちなみに『密会』ではキシリア戦犯説が採られてて、ブライトの発言もその示唆ってことになってるけど、現実主義のブライトがいきなり「敵が一時的に弱くなった」なんて感覚的な戦況判断してるの不自然なんだよね。わかるもんかな?そういうの。このブライトの発言はニュータイプ的な感覚で感知したっていうのが俺の解釈。キシリア来るまではNS両方ギレン1人で指揮を取ってたし、指揮権交代は必ずしも敗戦の要因ではないと思う。

 

 ただその後が見事な出来かというとそうとも言えなくて、キシリアの出した指示っていうのがMS隊への指令なんだけど、Sフィールドに集中させろって言ってるってことはNフィールドは手薄だったのかも。まあガンダムが血路を開いてSフィールドは破られてたから当然なんだけど。

 ただ、今まで温存されてたMS隊を前面に押し出して攻勢をかけようとするも、MS隊は練度が低くて思ったように働いてはくれない。もしかしたらギレンはそれがわかっていたからMS隊の出撃を遅らせていたのかもしれない。予測不能な個人の働きを考慮する必要があるMSではなく、より戦術的な運用に適した艦隊での決戦に持ち込もうとした。一方でキシリアは突撃機動軍の中心戦力でもあったMSをアテにしてたんだけど、総帥の軍の実情を把握してなかったのは“閣下も甘いようで”って感じ。

 頼みの綱のシャアも、猛攻を仕掛けるガンダムに引き付けられながら肝心のガンダムを抑えるとこまではいけてない。ここは“戦いは数だよ”ってことが示されたかな。

 結果NS両フィールド同時に陥落。

 

 

ア・バオア・クーの敗戦は決まっていたのか

 

ギレンが生きていれば勝てたのか?

 指揮権交代で若干の隙はできたかもしれない。ただキシリアも勝てる見込みがあったから、ギレンを誅殺したんだと思う。キシリアの勝算は温存されてたMS隊。でもMS隊は練度不足で、ゲルググ、ドムといった最新鋭機体を配備した部隊にしては、キシリアが知ってるほど戦力として機能しなかった。

 自軍の戦力も把握できてないまま指揮権を強奪したのは、確かに見通しが甘かったかもしれない。でもキシリアがやったのは不利になった戦局に予備戦力を投入しただけで、練度の低いMS隊を投入せざるを得ない状況になった時点でジオン側の負けは決定事項であって、たとえギレンが指揮を執っていてもこの戦いは負けだったと思う。

 

二人の敗因

 ギレンにしろキシリアにしろ、連邦軍の戦力把握に対する見立てが甘過ぎではあった。

 なぜそんな甘い見立てになってしまったのか。独裁国家ジオン公国を許してはならぬと、連邦軍人達の奮戦がデータ以上の戦闘力を発揮し、遥か遠くにあった勝利を呼び寄せたのかもしれない。

 ギレンは、連邦を軟弱と侮っていた。地球連邦を軟弱な組織と思い込んでいたから、制宙権を取り返しに来た連邦宇宙軍も所詮軟弱と軽んじ、自分が負けるとは思いもしなかったのかもしれない。

 キシリアはMS隊の戦力を測り損ねていた。

 

 キシリアがやるべきだったのは、形勢不利を読み取り、退却後ア・バオア・クー敗戦の責任をギレンに追及して、ジオン総帥の権限を剥奪することだった。

 それができなかったのは、戦況を見誤り、ジオン側勝利を目算したから。なぜ誤算が生じたかと言えば、突撃機動軍でMS隊を指揮してきたキシリアにはMSの戦力把握に自信があったから。最新鋭MSのゲルググ、ドムが多数揃ったジオン軍に敗北はないと思っていた。

 もしMSが性能をあまりアテにできない低コスト量産機ばかりであれば、たとえ学徒動員兵ばかりであってもキシリアの誤算は小さいものとなり、ギレン誅殺を思い止まったかもしれない。

 

ジオンが勝つには?

 ジオン軍が高性能機開発に勤しんだのは、自慢のザクが連邦軍の超高性能MSガンダムに歯が立たなかったから。こういう文脈に沿えば、ア・バオア・クーの勝利はガンダムがもたらしたものという見方も成り立ち得る?

 ただMSの生産数競争をしたとしても、連邦の1/30の国力のジオンが勝てる見込みはない。

 オデッサ時点であと10年戦える資源が採掘できたとしても、当時はまだゲルググが標準配備される前であり、MS同士の大会戦はおそらく想定の範囲外。ソーラ・レイ開発やビグ・ザム量産計画もまだ動いていたとすると、MS戦を想定していない連邦軍に一方的な戦果を上げていた初期の戦闘や、小規模戦闘しか行われなくなった戦線膠着以降などとは比べ物にならない勢いで鉱物資源は消費されることになるはず。

 国力差を考えるとやはり自慢の技術力で生み出した高性能機で物量の不利をひっくり返すっていう計画しか取り得ない気はする。

 やっぱどう転んでもジオンの敗北は約束されたものだったのかもしれない。

 

 

ザビ家の分裂

 

ザビ家の戦争目標

 デギンが戦争を始めたのは、ジオン公国の完全独立。つまり、最悪サイド3が地球連邦の介入の及ばない独立国家として認められれば、戦争を終わらせてもいい。

 ギレンが考えていたのは、地球圏全土をジオン公国のものとすること。自分一個の意思を世界全体に及ぼすことがギレンの最終目標であり、地球連邦が無条件降伏するまでギレンの戦争は終わらない。

 キシリアはおそらく絶対君主としてのザビ家の維持。デギンを尊重していたことからも、支配領域の中におけるザビ家の権勢の絶対化が達成すべき目標。

 ドズルはジオンの栄光とやら。国家の威信とかのことかな。本音じゃないかもしれないけどガルマに自分を指揮して欲しかったとか言ってるし、軍人としての栄華みたいなものが望みだったっぽい。

 

 デギンがギレンをヒトラーに喩えてるの見て、ザビ家の兄弟を枢軸国首脳に喩えられるんじゃないかと思ったけど、そうするとキシリアムッソリーニで、ドズルが大日本帝国かなあ。

 選民思想のギレンがヒトラーなのはその通りだとして、キシリアは一番長生きだし、新型機開発に熱心だったりあんまりムッソリーニ要素ない気もするけど、マキャヴェリズムってところでは近いとしていいかも。

 カリスマ的指導者は出なかったけど軍部が権勢強めていった末の独裁体制って意味で日本にあたるのは、戦って国家の敵を倒すという手段にすぎない行為を己の尊厳を示すという目的そのものだと信じるドズル。

 それぞれがファシズムの形態を表してるのでは。まあ余興だけど。

 

武人ドズル

 ザビ家は基本的にエゴが強い人間ばかりなので、兄弟であり軍司令官として味方同士でありながら緊密な協力関係にあったとは言えず、それがソロモン陥落の一因にもなっている。まあソロモン戦は、ソーラ・システムの存在を全く把握できてなかった段階でジオン側の敗北は決定的だったんだけど。

 それでもドズルの場合は軍人としての栄誉のために戦ってるから、ザビ家延いてはジオン公国の敵となった相手を殺すだけで、ザビ家の敵が何なのかとかを考えたりすることはない。政治的に戦争を利用して何かを成し遂げるみたいなことは特になかったりする。だからプライドでキシリアに対抗意識持つことはあっても、目上のギレンと真っ向対立になることはない。

 

デギンvsギレン

 問題はギレンとキシリアで、その引き金になったのがデギン

 デギンは独立国家としてのジオン公国存立が最優先事項で、そのための宣戦布告だったわけだけど、形勢不利となった終盤で無理に戦争を継続しようという意思はなかった。言ってみればデギンジオン公国国家っていう大きな家族にとっての父親で、家族の利益のためには息子達も頑張らせるけど、家族を見殺しにしてまで目的を達成しようとは思わない。

 それが戦時体制に入り、新たに実権を握った総帥ギレンの意図は違った。ギレンの目的は自らのエゴで人類全体を支配下に置くこと。人類全体で最も優れているのは自分であり、その優れた自分の意思に服従することが人類全体の利益になるという暴論が、ギレンの中では完全な正義として成立していた。

 ジオン国民はギレンを人類の頂点に立てるために尽力すべきであり、だから国民生活が圧迫されることを嫌うデギンとは対立を生む。それが顕著に表れたのがガルマの死に対する態度で、ギレンの世界征服に貢献することが死んだガルマにとって最大の供養だというギレンのエゴは、ガルマが死んでは元も子もないとするデギンには理解できなかった。

 ギレンの足を引っ張る素振りをたびたび見せていたデギンを、ギレンはついに葬る。

 

キシリアvsギレン

 それでキシリアとの対立が決定的になる。

 ザビ家という家の存続が最重要のキシリアにとって、ザビ家より己個人を優先するギレンは容認できず、いずれ家を犠牲にしてでもエゴを通しかねないと以前から危険視していたんだと思う。

 ガルマの国葬時、キシリアが何を思っていたのかはわからないけど、用済みと思っていたドズルや恐れるに値しないと見なしていたギレンと違いシャアに監視を付けたのは、ザビ家に仇為す気かもしれない存在に利用価値を見出だしていたから。その利用価値が何かというと、ザビ家を内側から食い潰すギレンを排除したい意図がこの時からあったのかもしれない。

 

シャアに対する拘り

 キシリアが劇中で明確にギレンへの翻意を明かしたのは、シャアとの面談時。

 この時の会話からすると、シャアがキャスバルだと気付いたのはうらぶれシャアがフラナガン機関に接触した後な気もするけど、正確にはわからない。

 シャアがキシリアの前だったからザビ家への報復は諦めたフリをしてる説もあるけど、個人的には本心なんじゃないかと。もしザビ家への復讐心があったなら、今まで通り監視を続けた上で暗殺すればいい。わざわざ面談して意図を問うたのは、本当にシャアが何を考えてるのかわからなくなったからだと思う。

 面談で聞いたシャアの意図はどうも要領を得なかったっぽいけど、ここでザビ家を変革する意志、つまりギレン打倒を考えていると漏らす。

 なんでザビ家へ復讐を諦めたと言ったはずのシャアにギレン打倒を漏らしたのか。それはギレン打倒にシャアが必要になってくるから。

 シャアはニュータイプの時代を見るのが望みとかよくわかんないこと言ってるわけで、シャアに軍人として以上の行動を期待してのものではない。必要なのはシャアの行動力ではなく、キャスバルが持つ出自の方。

 エゴをそのまま正義として通すギレンを討つために、キシリア大義名分を求めていた。キャスバルはジオンの息子であり、国を牛耳るギレンを斃してジオン公国を継承する正統な権利を持っている。キシリアがシャアを担げば、ジオン公国からギレンを正当に追い落とすことができる。

 その時のザビ家の立ち位置はわからないけど、ザビ家の暗い面をギレンに背負わせてキャスバルを補佐する白いザビ家を演出するつもりだったのか。あるいはシャアと婚姻して、ジオン家とザビ家を融合させることで存続させるつもりだったのかも。なんにしろ、キシリアが拘りすぎていたのはシャアを政権交代に利用する気だったからだと思う。

 

父殺し

 だからキシリアとしても、政権交代を果たすのは時期を見てという想定だったと思う。大義名分をいつでも立てられるようにするためのシャアなわけで。

 それがデギンを殺されたことで、ギレンを討つ大義名分が立ったと思った。この時のキシリアはだいぶ感情的になっていて、ギレンからすればあり得ないタイミングで、だからこそ隙だらけではあったわけだけど、誅殺に及ぶ。

 ギレンがキシリアの翻意に気付いていたかどうかはわからない。「歯がゆいな」と言うのはギレンが脅しをかける言葉らしいけど、デギンを誤射したのかと問うキシリアに故意だと告げているわけで、キシリアが自分の合理的な判断に反対するわけがないという思い込みが隙を生んだんだと思う。

 理性絶対の男ギレンは、キシリアの感情的な行動に殺された。ザビ家の絶対君主の立場が重要なキシリアにとっては、その権威の源泉であるデギンが軽々しく殺されることに我慢ならなかったんだろう。絶対主義のザビ家にあっても、ギレンとキシリアではその信奉するところが真逆だった。

 ギレンを殺したキシリアは、「総帥がニュータイプの存在を信じてくれれば」と言う。これがどういう意味なのかわからないんだけど、学徒兵の脆さに言及した後の言葉ってことは、ニュータイプ部隊の完成を待てば良かったってことなのかもしれない。ニュータイプの力を信じなかったギレンは、ソーラ・レイで和平工作を始めたデギンを消し去り、間に合わせの学徒動員を行った。ニュータイプ部隊の力を信じていれば、和平を望むデギンを受け入れ、ニュータイプ部隊完成の後にザビ家の権勢を拡大する。キシリアならばそうしたってことだろうか。

 

 

ザビ家とシャア

 

シャアは復讐を遂げたのか

 そのキシリアも、最後シャアに討たれる。父殺しの罪でギレンを討ったキシリアは、その父が犯した罪の復讐に生きた男に殺された。

 ただ、シャアが父の仇討ちでキシリアを殺したのかは微妙で、俺は違うんじゃないかなと思う。シャアがどういう経緯を辿ってザビ家を滅亡させるに至ったのかを、少し見てみる。

 

ガルマの国葬

 まず、ガルマ散る。この時は父の仇討ちでザビ家抹殺を目指すってことでいいと思う。

 ガルマの死は、ギレンによって国葬とされる。ここで例の「坊やだからさ」。

 この時のシャアがやけ酒なのは間違いないけど、何に対してモヤモヤしてんのかは謎。

 ギレンの「なぜガルマは死んだのか」って問いかけに返す言葉なんだけど、まず思い浮かぶのは、“坊や”だからシャアに裏切られるなんて思いもしなかった。

 じゃあなんで虚しさを感じるのか。殺した時の高笑いからすると、罪悪感みたいなのはないと思う。逆シャアの時を考えると簡単すぎたってのはあるかもだけど、復讐の難度がメチャクチャ上がるこっからが本番なわけで、シャアはむしろ殺り甲斐見出だしそう。

 シャアの自我が真に望むものは復讐ではなかった。

 じゃあ何を望んでいたのか。結局この男が考えていたことは死ぬまでわからずじまいなんで、ここで一旦視点を戻して状況を見てみると、この台詞は苛立ち混じりに吐かれてる。

 シャアはガルマの死を戦意高揚に利用する国葬に苛立ってる。ガルマを殺したのはシャアだけど、ガルマの死で1番得をしたのは結局ギレンだった。

 軍功を上げても、ガルマを殺しても全部ギレンが利用する。それをわからずに今まで必死にやってきた自分が恨めしい、その思いが込められての「坊やだからさ」。“坊や”はギレンに利用されたガルマであり、シャア自身にも向けられた言葉。

 

ニュータイプの時代

 次にシャアの内心がわかるのがテキサスでセイラと再会した時なんだけど、その時言ってるのが“ニュータイプの時代”を作りたいと。

 どうやら地球連邦を倒すことが目標らしいけど、ザビ家を倒すとも言ってる。地球連邦が自分の味方であるはずのニュータイプを利用するのが気に食わないとも。

 ただ、新しい社会のビジョンがあるわけじゃないらしい。

 それで直後にキシリアに呼ばれた時にはニュータイプの時代が来るのを見届けたいとだけ言い、自分がザビ家に取って代わると受け取られそうな言葉は使わない。

 

 テキサスでのセイラとの対話は、一見戦いを止めろと言うセイラを論破しているように見えるけど、その実フワッとしたことを言って煙に巻いてるだけで、何がやりたいのか自分自身でも見えていない。

 セイラとの会話ではニュータイプの時代を作るにはザビ家を滅ぼす必要があるらしいけど、キシリアの前ではザビ家討伐なしにニュータイプの時代を語っている。

 シャアはザビ家への復讐を止めたくなってるんだと思う。でもセイラを納得させるためには、父の仇討ちという論理を使わざるを得なかった。

 キシリアはそんなシャアに気付いたから、ギレン打倒の意志を明かした。復讐を企んでたはずのキャスバル坊やがフラナガン機関への接触なんかをやり出したから、危険性は低くなったと言え真意を知っておこうとした。

 

シャアの真意

 シャアがやりたいのはララァを信じるってこと。

 ニュータイプが宇宙に上がった人類のことなら、ララァもコロニーにいなきゃおかしいんだけど、『密会』や『逆シャア』のクェスからするとララァジオン軍に入るまでずっと地球で生活しながらニュータイプに目覚めたらしい。

 ララァと会ったのがフラナガン機関接触の前なのか後なのかわかんないけど、『密会』を信じるなら前なのか。ララァを見つけた、見つけられたシャアは優しい感じだったらしいから、出会いを求める男の子みたいに純粋にララァに惹かれたってことなのかな。

 ララァと出会ったシャアは、ララァの在り方がニュータイプの在り方=正しい人間の在り方だと信じて行動するようになる。つまり新しい時代をララァの中に見ているので、シャア自身にはビジョンはない、というか抱けない。だから、どうしたいのか問われてもフワッとしたことしか言えない。

 そのララァは別にザビ家に恨みなんてないわけで、この時点でシャアの中の正義とザビ家討滅が乖離を見せる。ララァが恨みがあるとしたらララァ達を圧迫してた地球連邦で、連邦打倒を個人的動機に帰するならこの辺だろう。ララァはそんなことに囚われちゃいないんだけど。

 

 ビジョンに対してはフワッとしたことしか言えないんだけど、敵意自体は明確に持っている。だから軍にいるわけで、その敵意というのはオールドタイプに向けられている。

 オールドタイプ自体もだいぶあやふやな概念なんだけど、ニュータイプになりきれない人類ってところか。“革新をわからぬ人”って言葉が出てくるけど、革新をわからぬ=悪だからオールドタイプとして殲滅するのか、革新をわからぬ人にわからせるためにオールドタイプを討ってみせるのか正直わかんない。

 じゃあなんでこんな曖昧なものにそこまで敵意を燃やしてるのかというと、シャアがもう一つ捨て台詞気味に言い放つのが、過去を捨てるために仮面を着けているということ。その仮面そんな理由だったのかってのはセイラと同じくらい俺らもビックリなんだけど、これがなんかヒントにならんかなと。

 派手な赤色は自分を誇示するためで、野心の表れだろう。それと関連して仮面というと、キャスバルの限界を超えて大願を成すため。

 キャスバルはどういう男だったのかっていうと、ジオンの遺児であるが故に様々な不遇を被った男。新しい時代を夢見た父ジオンは、それを否定する存在に殺された。父は古い時代に負けた。その息子である自分も、古い時代から不当な扱いを受けた。

 自分を蔑ろにした古い時代の遺物である地球連邦とザビ家。なんとなればそんな古い時代に負けたジオンとキャスバル。そういうものを全て否定する、因果そのものを否定しようっていうのがシャアの“オールド”タイプ憎悪なんだと思う。

 そしてその復讐が、たまたまこの時はニュータイプの時代を築くっていう大義と合致していた。

 

正気か⁉

 ニュータイプの世と言いつつララァ個人しか見えてなかったっぽいのは、ララァを失った後の混乱具合からわかる。ニュータイプの世を築きたいシャアは、ニュータイプアムロを殺すことに執着する。

 この時ザビ家はもはや敵ではないって言ってるし、ザビ家への拘りを捨てたとするキシリアの見立ては正しかったと思う。

 ニュータイプの力を示したアムロが、シャアにとってのニュータイプの時代の到来であったララァを殺した。ララァという正義に害為したアムロを排除することが正義に尽くすことだとして、アムロを殺そうとする。

 アムロを殺すのはあくまで理屈付けで、殺さねばならないから殺すのであって、復讐に囚われてではないとしている。多分そうなんだと思う。シャアはララァの死を直接の動機として持ち出さないことで、ララァを失った悲しみと向き合わないようにしてる。過去に囚われないための仮面を着けて。

 

 セイラが介入して、アムロへの恨みがあるのかと問われて初めて「ララァを殺された」と口にするんだけど、憎悪を口に出したにしては口調が空々しすぎるんだよね。

 そこから「ならば同志になれ」って正気を疑われるようなこと言うわけで、正しいことをしたかったんだけど何が正しいのかわかんなくなってトチ狂ってる。

 

チャンスは最大限に生かす

 この後シャアは、チャンスを生かすと言ってキシリアを討ちに向かう。

 さっきザビ家は敵じゃないって言ったやんって思うけど、一つには最大の敵じゃないって言っただけで、何番目かの敵ではあったのかもしれない。でも個人的には胸中になんらかの変化が起きたと考えたい。

 この間に起きた一番の変化は、素顔に傷を負ったこと。素顔を仮面で隠すことで、シャアは理屈でものを考えることができ、大義に立つ自分を確信できた。

 それがアムロの剣で仮面ごと貫かれる。素顔を傷付けられたことで、シャアは初めてシャアの感情を自分のものとして受け入れたんじゃないかな。

 

 それでなんでキシリアを殺すのかって話だけど、アムロはシャアも本当の敵がザビ家だとわかってるって言ってた。

 理屈でごちゃごちゃ言ってたけど、戦争を引き起こしたのはザビ家であり、戦争がなければララァも死ななかったのだから、ザビ家を倒すべきだというのは正しい。シャアもニュータイプだと信じているアムロは、シャアにもザビ家を倒さねばならないとわかるはずだと信じていた。

 でも自ら軍に入ったシャアにとって、戦争は必ずしも悪ではなかったはず。父の仇討ちにも意義を見出だせなくなっていたシャアが、なぜキシリアを討ったのか。

 アムロとシャアの因縁を決定付けた存在がララァ。シャアがララァを、口であるいは理性では否定しつつも、単なる部下以上の存在と思っていたのは間違いない。

 そのララァを軍隊に編入させたのは、ニュータイプ部隊を組織したキシリアララァが戦争で死んだと言うなら、それは究極キシリアのせいということだろう。キシリアを殺したのは、仮面を着けたシャアが経験したララァの死に対する仇討ちかもしれない。

 

 もう一つ重要に思えるのは、キシリアを討つ際にガルマの名を口にしていること。

 ガルマはシャアにとって友人でもあり、ガルマのことを愚かだとは思っていても、好感は持ってたっぽい。ザビ家の人間であるガルマになぜ好感を抱けたのか。

 ガルマが戦争をしていたのは、キシリアに認められたかったから。キシリアを利用していたガルマが死んだなら、キシリアも死ぬのが道理だという思いがあったのかもしれない。

 また、ザビ家の人間に生まれなければ戦争とは縁がなかっただろうガルマに、シャアはジオンの息子に生まれて運命を翻弄された自分を見ていたのではないだろうか。友人を殺してまでシャアとして生きた人生に、落とし前をつける意味合いもあったんだと思う。

 いずれにしろ、大義で行動することに拘ってきたシャアが、最後の最後で友人としてのガルマの名を口にする。ギレンに比べ周囲に気を配っていたキシリアがシャアに驚いたのは、撃墜されたと思っていたからだけでなく、それまでのシャアの行動からするばあり得なかったからなんじゃないか。

 

 

ジオン公国の本質

 

 これまで見てきたことから、ジオン公国は負けるべくして負けたのだと結論付けたい。

 それはつまり、ジオン公国建国にあたりジオンを殺しながら国号にジオンを戴かざるを得なかったこと。国家の中枢であるザビ家自身も分裂状態だったこと。こうした矛盾の上に成り立ったのが、ジオン公国という幻像の姿だったのではないかと思う。

 そしてそのジオン公国の孕む矛盾が極まったものが、ジオン軍のエース、シャアという存在だった。

 シャアはザビ家を打倒するために、ザビ家を守るジオン軍に入った。ザビ家末弟ガルマを殺しながら、ザビ家打倒を諦める。ニュータイプに希望を見出だしながら、ニュータイプアムロを殺そうとする。そして最後に、自分が殺したガルマに手向けを贈る。

 ここでもう一度、シャアが敵視したオールドタイプが何だったのか確認したい。シャアにとってオールドタイプとは、自分を縛る因果そのものだったと思われる。因果を断ち切るために、シャアは過去そのものを葬り去ろうとした。シャアが戦う理由は、シャアという男を生んだ世界そのものを滅ぼすため。

 シャアを生んだものとは、ジオンの息子キャスバルとしての人生を手放させたものであり、ジオンの名を冠するジオン公国はその最たるものに違いない。

 他ならぬ、ザビ家のジオン公国を最も憎悪する人間の力で戦争を戦っていたというのがジオン公国が戦争に勝てなかった最大の要因であり、自らに巣食う矛盾によって食い潰されたというのがこの戦争におけるジオン公国の有り様だったのだと思います。