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第1部 シャローム蜂起編
ステージ5 美女はカボチャがお好き
戦いを終えたウェンディ軍は、ジャンセニア湖南東の教会へ戻ってきた。司祭に協力して、娘達の亡骸を弔うためである。
クラスノダールへ報せるのは、埋葬が済んでからにしようと思った。あの状態では遺体の確認もままならないだろうし、娘達のこんな姿を彼女等の親に見せてやりたくはなかった。これは身勝手だ、とウェンディは思った。
埋葬が終わった土地で、尚もウェンディは佇む。そこへ、ギルバルドがやって来た。
「エルズルム城に囚われていた娘達は皆、家族や恋人の元へ帰ったぞ」
彼には、解放した娘達をクラスノダールへ送る任務を与えてあった。
「貴殿は為すべきことを為した」
変わらず墓地に視線を置き続けるウェンディ。その墓標から、湖を見遥かしてギルバルドは言う。
「エルズルムからこの岸辺までは、結構な距離がある。水流が運んだと見るべきだが、ややもすると非業の死を遂げた娘達の魂が、鎮魂を求めて教会を訪れたのかもしれぬ。彼女等の魂は、今頃天へ昇る途上だろうよ」
ギルバルドは、こんなにも優しげな声音の男だったか。ウェンディは振り返る。
「そうね。たとえ自己満足だろうと、彼女等の魂は報われたと信じるわ。今考えていたのは、別のこと」
「シリウスのことか?」
流石、人の上に立つだけの男は、物事をわかっている。
「奴のしてきたことを思えば、当然の報いだ」
「ええ。彼に同情する気はない」
人狼の力で娘達を支配していたシリウスは、人でも狼でもない見るも無惨な姿と成り果て、神の焔に焼かれる苦しみの中ウェンディに頭蓋を踏み抜かれるという、凄絶な最期だった。
「でも、死ぬ間際の彼は確かに救いを求めていた。浄化の焔を受け、それでも生にしがみつく魂を、私は死の淵へと追いやった」
ウェンディの声は、悔恨や罪悪感というものとは違っていた。
「心底、怖いと感じたのは、初めてかもしれない。人を殺すことがじゃない。実際に手をかけたのは初めてだったけど、私自身の殺すという意思の下であれば、覚悟はできてるはずだった。怖いのは、殺しを選ばされること。縋り付いてきた瞳に、私はどうすることもできなかった。殺すことでしか、苦痛を終わらせてあげることができなかった。救いのための殺しなんて、あるはずがないのに」
ないはずの答えを求めるようなウェンディの言葉。ギルバルドは、己の言葉を返す。
「奴が死んだのは、神の怒りに触れたからだ。夜毎に狼の皮を被る人間は、いつしか人間の皮を被った狼へと変じる。自分を傷付けた魔獣の姿を借りる内、奴は自分自身を魔獣と思い込んでしまったんだ。本当はちっぽけな男に過ぎなかったのにな。そんな男は、遅かれ早かれ破滅する他ない。少なくとも、地上に奴の居場所はもう無かったんだ」
そこでギルバルドは、ウェンディの方をしかと見据える。
「だがそれでも、この先戦いを続けていくならば、相手を殺さざるを得ない場面がきっと出てくる。戦争でなければ、違った出会い方をすれば、わかり合えていた。そんな人間を殺さなければならない。もし貴殿が正しい道を進みたいというならば、相応しくない役目は俺が引き受けよう。そのために、俺達はいる」
ギルバルドの力強い言葉は、ウェンディをこの上なく勇気付けた。
「ありがとう。でも、この役目は、私が引き受けなくちゃいけないものだから。どんな決断を迫られようと、その場所に信念の旗を立てるしかないのよね。私が真に求める正義は、その先にしかない。その代わり、私が倒れないように、貴方達で支えて欲しい」
ウェンディの瞳には、いつもの光が宿っていた。
そうだ。この信念の光を、俺は守ろうと誓ったのだ。
ギルバルドは、自分が目の前のうら若き乙女に付き従っている理由を思い出した。
「承知した。貴殿がこの地上に光を見つけるその日まで、俺はその身を支えるもう一つの足となろう。貴殿が手にする光を、俺にも見せてくれ」
微笑み返したウェンディは、戦後処理の待つエルズルム城へ向けて、力強く踵を返した。
「昨日は気が立っていて気付かなかったけど、なんだかこの城…」
女達に囲まれて、人狼のシリウスが闊歩していた城だ。城全体に立ち籠めている獣臭さに加え、所々で饐えた臭いを感じる。エルズルムの城代を務める人間は、苦労することになるだろう。
「シリウスが探した財宝ってのは、これだろう」
湖北地帯の探索に出していたマクスウェルが、「イスケンデルベイ」を回収してきた。双頭の鷲のレリーフが付いた、見るからに勇壮な剣だ。この剣を手にしていれば、彼も戦士になることができただろうか。
「クラスノダールの者が、ウェンディ殿に感謝を述べたいと」
ガジアンテップへ物資の調達に出していた部隊が、客人を連れてきていた。
「わざわざご足労いただいて、申し訳ありません」
「いえいえ、町の娘達を救ってくださった解放軍の皆様に一言お礼を言いたいと、こちらから押し掛けたのですから」
やって来たのは、クラスノダールの市長と、先日ウェンディを罵倒した男だった。
「市長の娘さんも、ご無事で?」
「いいえ、私の娘は帰ってきませんでした」
はっと息を詰まらせるウェンディ。思えば、命を救ってくれたあの娘は、どことなくこの市長の面影を感じさせなかったか。
「ですが、皆様がエルズルムを解放してくださらなければ、町の娘達は皆殺されていたでしょう。不運にも私の娘は亡くなりましたが、貴殿方への感謝は変わりません」
「お前さん等は、すべきことをした。その行動を、町の人間は支持する」
二人の暖かすぎる言葉に、ウェンディはこの痛みを決して忘れないと思った。
戦後処理にも目処が付き、ウェンディ軍は次なる攻略目標を定める。
「この先、ゼノビア南方のバルパライソ周辺地域から、帝国に与する魔女デネブを除いて欲しいという要請が入っています」
「魔女か」
魔法を使える女性自体はそう珍しくはないが、中でも高等魔法に通じ得たいの知れない人物に対しては、特に魔女と呼んで畏敬する。手強い相手と見ていいだろう。
「その魔女に関する情報はないの?」
「ふうむ」
ウォーレンが思案している。
「デネブが支配する、通称デネブの庭と呼ばれる領域ですが、どうもデネブは領地経営に興味がないらしく、不満は出てくるものの、情報が錯綜して確たるものは得られないのです」
「実際に行ってみなくちゃわからないってことね」
「ええ、まあ」
どうも歯切れが悪い。
だが、元よりウェンディは、考えるより行動する質だ。できる限り情報を得て行動すると心懸けはしたが、その情報が得られなければ行動するより他はない。
「とりあえず、そのデネブの庭へ行ってみましょう」
「では、デネブの庭の入り口、ランカグアが次の目的地になります」
ウェンディ軍は、ランカグアへ向け進発した。
ランカグア城のあるゼノビア南部一帯は、ポストイナ湖から流れ出る河川が見渡す限りの平野部を潤す、旧ゼノビア王国時代における一大農産地であり、王国の豊かさの一端を担っていた。
そのランカグアから更に南、山岳に囲まれたバルバライソ方面へ広がるのが、デネブの庭と呼ばれる地域である。
こちらは逆に、峻厳な山肌と谷沿いに幾本も流れる川によって、行軍や交通の困難な地帯となっており、北のゼノビア、西のホーライ両王国の狭間でそのどちらにも属さない、ある種の緩衝地帯のようになっていた。
行き来には苦労する一方で、ここを住処とするなら外の時勢の煩わしさを避けられることから、俗世を疎んじる魔術師が住み着くには格好の場所であったろう。
デネブと名乗る女魔術師が移り住んでから、彼女が何かやっているらしいとは聞くものの、外からは彼女が何をしているか容易には知れず、デネブの実験場という意味を込めて「デネブの庭」と呼ばれてきたのだ。
ゼノビア領内へ攻め行った帝国軍は、この地の攻略の難しさに見合わない戦略的重要性の低さから、デネブを帝国へ従属させることに決めた。
ウェンディ軍は、山脈の外側にあるランカグア城をまず落として、その奥に構えるデネブの庭を臨もうというのである。
「見えたぞ。あれがランカグアじゃないのか」
先頭を行くカノープスから声がした。
行く手に見えてきたランカグア城は、これまで見てきた城塞に比べれば簡素な作りだが、元がゼノビアの平和な農地を監督するために作られた、軍事的意味合いの低い城だったというから納得だ。
「どうやら、捨て城みたいね」
迫ってみたが反応はない。山間から突き出て防衛の難しいランカグアを、デネブの軍は早々に放棄したようだ。
ウェンディは軍勢を入城させる。
「この古び具合からすると、我々が蜂起する前から使われていなかったようですな」
確かに、城内は至る所で埃を被り、廃城と呼んでも差し支えないほどだ。
と、物陰で何か気配を感じる。
不審に思ってウェンディが近付くと、人の形をした影が逃げ出した。
伏兵か。
迂闊さを悔やむより早く、逃げる人影を追いかける。
「待てっ!」
城門付近で追いつく人影の、夕日に照らされた顔は、
「…カボチャ?」
カボチャの被り物?をした相手は、ウェンディが怯んだ隙に、城外へ遁走した。
ここの帝国軍は、あんなふざけた格好で戦うのだろうか。
「何があった?」
鎧の鳴る音が近付いてくる。駆け出したウェンディに、ランスロットが何事かと追い掛けてきたらしい。
「勘弁してよ、もう」
ウェンディは、肩から力が抜けていくのがわかった。
ランカグアに入城したウェンディ軍は、デネブという敵将を見定めるため、デネブの庭一帯に散らばって情報を集める。
その間、ウェンディ、ウォーレン、ランスロット、カノープス、ギルバルドのウェンディ隊はランカグアにあって、情報を持って帰参する兵を待ち受けていた。
「ウォーレン、デネブについて何か知ってるんじゃないの?」
デネブを討伐すると決めてからどうも歯切れの悪いウォーレンに、ウェンディは遂に痺れを切らした。
「はあ、知っているがわからないというか、わからないことを知っているというか」
「何じゃそりゃ」
呆れるカノープス。
「私が宮廷に呼ばれた頃、宮廷魔術師の方から噂だけ耳にしたことがあります。何でも、ゼノビアの南方バルパライソの付近に、どこからともなく現れた若く美しい女性の魔術師が住み着いた。聞くところによると、当時大陸では誰も見たことのなかった魔術を扱うらしいというので、宮廷からも使者を派遣し、是非御前で披露されたしと」
グラン王の耳にも聞こえるほどの、高名な魔術師か。
「ところが、送った使者が帰って来ないのです。計三人を送りましたが、皆デネブの元へ行ったっきり。不審に思って、バルパライソに程近い城塞都市アンクードで事情を調べたところ、使者達は口を揃えて、今後は王家ではなくデネブ様の元で仕えると申しているそう。すわ、反乱かと思いましたが、軍を集めるというでもなく、デネブは相変わらず自分の屋敷に引き籠っているのみ。私が言うのもなんですが、元来魔術師は俗世を厭うもの。仕官する気もないというなら、こちらからも下手に突いて刺激することなかろうというので、以降ゼノビアでは、デネブのことは触れずにおくという決まりに」
「それでか。デネブの名前を聞いたことがなかったのは」
元ゼノビア王国魔獣軍団長のギルバルドが反応する。
「王国の使者を感服させるなんて、それほどに立派な人物だったってこと?」
「それがなんとも…。私の星読で占ってもみたのですが、彼女の存在が我等にとって重要なのかそうでないのか、善なるものか悪辣な性か、判断できないという結果に…」
「頼りにならない」
「面目次第もございません」
ウェンディに詰られ、悄気るウォーレン。
「まあいいさ。若い美人っていうなら、まずは面を拝ませてもらおう」
陽気に言うカノープス。
「いえ、この話は私がグラン王にお目見えする10年以上――」
「話を訊いてきたぞ」
帰ってきたマックスウェルが、ウォーレンの話を遮る。今何か、重要なことを言いかけてたような気が…。
「詳しいことまではわからなかったが、デネブが町の人間から恨まれてるのは確かなようだな。美人なのにとか、美人のくせにとか、顔に似合わない性格をしてるってのは本当らしい」
「顔と性格は関係ないと思うけど」
ウェンディは冷静に反応する。
次に帰ってきたのは、ホィットマンだった。
「すまない、デネブに関することはわからなかった。だが、五年くらい前から、この辺りではカボチャ頭のお化けが出没するようになったらしい。町の住民の話だと、それもデネブの仕業ということらしいが」
「カボチャのお化けって…」
先日の夕刻見た光景が去来する。
巫女として育ったウェンディは、この世に霊なる存在があることを怖れたりはしないが、カボチャのお化けなんてヘンテコな生き物は、なんと言うか笑えないジョークのように薄ら寒い。
デネブが絡んでるということは、彼女の兵隊ということだろうか。
今度帰ってきたのは、ポーラ。
「町の女性達に聴き込みをしたんだけど、凄いわよ。デネブがバルパライソに来たばかりの頃、色香に惑わされた男達がデネブの元に行ったっきり、帰ってこなくなったそう。バルパライソは彼女の美しさに惹かれて集まった男達で溢れ、彼等に身の回りの世話をさせてたみたい。しかもデネブは、彼等を人体実験の材料にまでしてたって。男を取られた女達の怒りは未だに収まってなくて、非難轟々だったわ」
デネブに奉仕するようになった王国の使者達は、そういうことだったのか。
「ふむ。命を捧げるほど強烈に心を惹くとなると、チャームの魔法を得意としているのかもしれませんな」
ウォーレンは推測を述べる。魔法によって洗脳を施していたとなると、かなり悪質だ。
それにしても、下心で集まった沢山の男共、しかも他人の物にまで手をかけて得た、彼等を臆面もなく侍らしておくとは。
自分の欲望に忠実に。それが他人にどう見られるか、一切考えない人間なのだ。
「どうも品性の歪んだ女みたいね」
だんだんウェンディにも、デネブという魔女の輪郭が掴めてきた。
そうこうしている内に、ラークが帰ってくる。
「男蕩しの手管はわかったのかしら?」
と問うたウェンディだったが、ラークの答えは意外にも、
「それが、今のバルパライソには、男達はいないらしいぞ。例のカボチャのお化けが出没して、男達が近寄れないようになっているらしい」
どういうことだろう。
「じゃあ今は、悪さはしていないのかしら」
昔男を取られた女達の嫉妬ならば、罪がないわけではないが、帝国の悪政とは無関係になる。
「そうでもない」
最後に帰って来たのは、レイノルズ。
「今のデネブは、カボチャにご執心のようだ。毎年畑が荒らされるって、カボチャ農家は我慢の限界だ」
男漁りを止めた後は、畑荒らしか。それにしても、何故カボチャ?
全く何を考えているかわからないが、田舎育ちのウェンディには、農作物の盗難が農家にとって死活問題だとよくわかる。略奪を取り締まるべき領主が、自ら盗賊の真似事をするとは。
「ともかく一度、懲らしめる必要がありそうね」
ウェンディはウォーレンの方を見る。
「人を支配することに興味のないデネブが、何故帝国に従ったのかわかりませんが、バルパライソ攻略の手は考えてあります」
相手の正体がわからずとも、軍勢の采配は合理的に導き出せる。この方面のウォーレンに、抜かりはない。
「バルパライソまでは進軍こそ困難ですが、逆に敵がこちらへ攻め込むのにも時間がかかります。進軍速度を出せる飛行ユニットを使って正面から当たれば、問題ありません」
そこでウォーレンは、レイノルズの方を見た。
「レイノルズ殿には、ホークマンのマックスウェル殿、ラーク殿、ホウィットマン殿、ポーラ殿を率いてもらい、先陣をお任せします。その後を我々がついていきましょう」
先発のレイノルズ隊から少し時間を置いて、後陣のウェンディ隊もランカグア城を発つ。
出発していくらか進んだ頃、ギルバルドがウェンディに尋ねた。
「デネブを殺すのか?」
流石にこの男は、先日のやり取りを気にしてくれていたらしい。
「相手の顔を見て決める」
ウェンディの返答は答えになっていなかったが、その瞳の意志を見たギルバルドは、欲したものが得られたとわかった。
レイノルズ隊の奮戦の甲斐あって、ウェンディ隊は無人の山野を進んでいく。カノープスのおかげで、外的の侵入を阻む峻嶺も難なく越えていく。
私が進まんとする道へ、連れていってくれる者達がいる。私が困らないよう先んじて考え、その意思の確かさを支えてくれる者達。
彼等を率いる者として、私は決断を下す者でなければならない。そしてその指標となるのは、己の心でしかない。彼等が寄せてくれる信頼に、私は私自身の信念を示すことで応えよう。
ウェンディがこの先も戦い続けるため、まずはその試金石、バルパライソ城が見えてきた。
「相手はカボチャ泥棒とは言え、帝国軍の将を任される人物です。レイノルズ隊とウェンディ隊で連係して、バルパライソに迫りましょう」
血路を開くレイノルズ隊の下、ウェンディ隊はバルパライソ城内を進む。
城内には、至る所にカボチャが置かれ、それらには顔の形がくり抜かれている。先日のお化けの一件があれば、こんなふざけた置物でも不気味に見える。カボチャに執心しているというのは、本当らしい。
カボチャの並ぶ通路一番奥に、このふざけた城の主は居た。
「あたしの元までよく来てくれたわね。褒めてあげちゃう♥️」
鼻にかかった声が語り掛けた。
この城の様相から、まともな相手じゃないと思ってはいたが、その姿はウェンディの想像したどんなものとも違っていた。
ウェーブのかかった豊かな金髪の下に覗くのは、少女のように愛くるしい瞳と唇。だが首から下は、痩せた肩と豊満なバスト、それを支えるには細過ぎる胴の下、肉置き豊かな腰をくねらせて、女らしさは斯くやという体つき。
その上、身に付けるローブは、見る者を悩乱させるほど毳毳しいピンク色をしており、両肩が露になった扇情的なデザインで、薄手のサテン地がボディラインを強調するように纏わりつく。
手にした杖と大きな三角帽が、辛うじて魔術師という体面を保っているかのようだが、その三角帽すらドギツいピンクをしていては台無しである。
ここまで女を強調した装いは、いっそ踊り子とでも言った方が相応しいが、残念ながら当代一の踊り子でも、彼女程の色気は持ち合わせていないかもしれない。
「あ~ら♥️ アナタが反乱軍のリーダーっていうウェンディさん?」
「そうだけど」
「もっとイカツイ人かと思ってたけど、意外とカワイイ顔してるじゃない。あたしほどじゃないけど、結構アナタもイイ線行ってるわ♥️」
年の頃は20代前半くらいか。だが、この見た目と口調の騒々しさ。他人から見れば、背も高く、落ち着いた雰囲気のあるウェンディの方が、年上に見えることだろう。
「でもアナタ、ホントは性格ブスでしょ? 隠したって、わかっちゃうんだから」
なんだコイツ? だんだんイライラしてきた。
「フフ♥️ 悔しい? 怒ってもいいわよ。でも、シワになるから気を付けてネ」
クスクスと笑い続けるデネブ。その周りで、空気がざわめく気配。
「もう少しお話ししていたいけど、残念♥️ アナタ達を見逃すわけにはいかないの。エンドラさんと約束しちゃったから」
並べられたカボチャの頭が、ゆっくりと立ち上がる。置物とばかり思っていたが、魔力で動くゴーレムの類い。これがカボチャのお化けの正体か。
「仕掛けるぞ」
レイノルズ隊が戦闘態勢に入った。
パンプキンヘッド達が動き出す。
「パンプキンヘッドには構わず、デネブを攻撃を集中してください」
ウォーレンの指示を受けて、ポーラのライトニングが炸裂する。だが、
「弾かれた?」
雷撃は、デネブの周囲で拡散して消えた。
「こんなにカワイイけど、あたしこれでもれっきとした魔女なのよ♥️」
「それなら!」
ラークが斬り掛かるも、ひらりと躱される。
「デネブがんばっちゃう♥️」
「うっ」
杖を巧みに扱った、細い体の割に強烈な一撃は、ホィットマンを仰け反らせる。
「思ったより戦い慣れしているようだな」
レイノルズは、一度剣を鞘に収めて腰を落とす。
「アナタのサムライ姿、あたしのシュミにバッチシよ♥️ 夢中になっちゃいそう」
デネブの戯れ言には付き合わない。レイノルズの放った居合い抜きの衝撃波は、デネブに命中する。
「きゃあ! フラれちゃったの? ぴえん」
デネブに注力している間に、パンプキンヘッド達が前衛のホィットマンとラークを襲った。
「ぐおぉッ」
「いけません。パンプキンヘッドは相手の生命力を吸う力があるようです」
「後は私達に任せて」
ウェンディは、思わぬダメージを負ったレイノルズ隊を退がらせた。
「一度に二組なんてズルーイ。でも、お姉さんは、めげないわよッ」
流石に、レイノルズから受けたソニックブームのダメージは抜けていない。これなら。
ウェンディは、「神宿りの剣」に祈りを込める。
「アイスレクイエム」
「魔女に魔法は効かないって言ったでしょ」
止めを刺そうとは思っていない。だが、周囲の空気を凍らせるウェンディの魔法は、デネブの足を止めるのに十分だった。
「喰らえッ!」
カノープスの「覇者の剛剣」は、防いだ杖ごとデネブを壁に叩き付けた。
「いやああんッ!」
デネブは力尽きて倒れ臥した。
「ちょっと待って」
そのまま止めを刺そうとするカノープスに、ウェンディは呼び掛ける。
「ごめんなさ~い! 悪かったわ、反省してるから。許して、ね♥️ お願~い」
早くも元の調子に戻っているデネブに、ウェンディは尋ねる。
「貴女、なんで魔法で攻撃しなかったの?」
「あたしの魔法は、戦いなんて下品なことに使うものじゃないもの」
魔女なりの拘りだろうか。
「もう一つ。戦いが嫌いなら、なんで帝国なんかに従っていたの?」
「だって、言うことを聞けば、ラシュディ秘蔵の魔導書を見せてくれるって言うんだもん。この子達も、その本のお陰で生み出すことができたのよ♥️」
デネブは、また元のカボチャに戻って転がっていたパンプキンヘッドの頭を愛おしそうに撫でる。
こんな物を作るために帝国に付いたと。やはり訳がわからない。
「そのカボチャは盗んだって聞いたけど」
「素敵なカボチャが必ず市場に出るとは限らないじゃない。あたしはキュートなカボチャが欲しいの♥️ だったら、畑で探すのが一番でしょ?」
この上なく身勝手な理由。でも、
「許してあげてもいい」
ウェンディの言葉に、今度はカノープスが待ったを掛けた。
「コイツは帝国に付いた人間だぞ。なんで許す必要がある?」
カノープスの科白に、デネブが口を挟む。
「そうね。自業自得よ。美人薄命って、あたしのための言葉だったんだわ」
ちょっと黙っててくれ。
「ウェンディ、お前、シリウスの事を気にしてるんじゃないだろうな? 奴を殺した罪滅ぼしに、この小娘を救おうってんなら、それは違うぞ」
「やだ♥️ 小娘なんて言われたの、50年ぶりかしら」
これにはウェンディまで吃驚した。
「ご、50…? ってんなら今一体いくつ…」
「レディに年齢を尋ねるのはノンよ♥️」
年相応の格好ってモンがあるだろ。という言葉をぐっと呑み込んで、カノープスは気を取り直す。
「奴は人の道を踏み外した。奴の死に様はその報いであって、お前が気に病むことじゃない。そして今、コイツを救ったところで、奴の魂が救われるなんてことはない!」
カノープスの強い言葉は、ウェンディのためのものだ。ウェンディは、彼の優しさに感謝した。
「ええ、わかってる。シリウスの事は関係ないし、デネブの身に同情したからでもない。私は今、私の信念に照らして、デネブの罪を許したいの」
ウェンディの言葉は、カノープスに負けないくらい力強いものだった。
「今聞いたように、彼女はこのパンプキンヘッドのために帝国に付いた。でも、もうパンプキンヘッドは作れたんだから、これ以上帝国に味方する理由はないんじゃなくて?」
「ええ、そうよ」
「それなら、命を奪うつもりはない。但し、二度と畑には手を出さないこと。ちゃんと買いなさい。領主なんだから、お金あるでしょ?」
「ホントに許してくれるの?」
今更しをらしくするな。
「盗みを許したわけじゃないけど、相手が生きているならまだ償うことができる。帝国は私達の敵だけど、もう帝国に協力しないと言う者を、私達は殺したりしない。そして貴女は、私達の命を奪えるだけの魔法を持ちながら、力を使わなかった。その結果、自分が命を失うことになろうとも。その行為が、貴女の魂が暗黒に堕ちていない証だと、私は信じたい」
そこには、信念から発した言葉にしか持ち得ない重み、ウェンディ自身の魂の重みが、間違いなくあった。
「俺は、ウェンディ殿を支持しよう」
「なにッ?」
ウェンディの思いを感じ取り、デネブの命を助けることにギルバルドが同意を示すと、動揺を見せたカノープスだが、尚も食い下がる。
「じゃあ、男達を虜にした件はどうなる? 愛する者を人体実験の材料にされた、女達の恨みは?」
「私が頼んだわけじゃないのよ。あの人達が、どうしてもデネブ様のお役に立ちたいって言うから、実験用のサンプルが足りないって言ったら、どうぞ私をお使いくださいって。自分達から申し出てきたんだから」
デネブに悪びれる様子はない。
「手前は悪くないってか。ああ、そうだろうよ。チャームをかけられた人間に、自分の意思があるって言うならな!」
「あら、あたしチャームなんて使った覚えないけど」
「魔術師じゃないからって舐めやがって。現に今こうしてかけてるじゃないか」
「チャームを使ってるかどうか、そこのお爺さんならわかるんじゃなくて?」
お爺さんが自分のことだとわかったウォーレンは、
「こう見えても、貴女様より年は下なのですが」
と少し戸惑いながらも、
「いやはや、デネブがチャームを使用した形跡はありません。強いて言うなら、天然の色香とでも申しましょうか」
要するに、女の魅力だけで男共を誑かしていたってわけか。つくづく男って…。
「バカな」
「もしかして、あたしに惚れちゃった? おにーさん♥️」
唖然とするカノープスに、止めの一言が刺さる。
ランスロット他の戦士達もウェンディに同意し、カノープスも遂に折れた。
「アリガト~♥️ アナタ達って、ホントにいい人ね。もう他人に迷惑かけるのは止めにする」
少女のように笑う魔女を救ったことを、後悔はしない、少なくとも今は。と、ウェンディは思った。
ウェンディ達は、ランカグア城に入って戦後処理をしていた。
デネブを殺さなかったことに対して、住民達の反応は思っていた以上に冷たく、ウェンディ軍を罵る者までいた。ウェンディ達は、ランカグア城に反乱軍の部隊を駐屯させ、デネブが悪さを働かないか動向を監視するということで、なんとか住民の感情を宥めた。
決して評判は良くなかったと言え、進んで圧政を敷いたわけでもない為政者に対し、民衆が改革ではなくその死を望んでいたということ、人の命を助けたことで呪われることがあるということは、ウェンディに正義の在り方を深く考えさせた。
そんな中、デネブから城へ来て欲しいという文が来たので、ウェンディ達は再びバルパライソ城を訪れた。
「お久しぶり♥️ ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「私達で良かったら、相談に乗るわ」
「私が研究してた魔法、もう少しで完成なのよ」
流石、魔導書を読むために帝国の傘下に入っただけあって、未だにその研究意欲は衰えずというわけか。ん、ちょっと待て。
「その研究って、あのカボチャお化けを作るってやつでしょ?」
「そうよ。アナタに言われて、今度はちゃんとカボチャ買ってるんだから」
「パンプキンヘッドは、もう要らないんじゃなかったの?」
「あら、要らないなんて言ってないわよ。あたしがパンプキンちゃん達を手放すわけないでしょ。それに、個体が完成しただけでは、魔法としてはまだ半分しかできてないの。術式として体系化されて、初めて魔法は真の意味で完成なのよ」
デネブが魔術師として誇りを持っているのはわかった。だが、あの魔法研究を続けているというのはまずい。デネブに対する苦情の一つとして、カボチャのお化けが町を彷徨いていて不気味だというのがあった。てっきり反乱軍に対する哨戒のためであり、バルパライソが解放された今なら解決した問題だと思っていたが、デネブが今尚あの不気味なお化けの研究を続けていると知れれば、ウェンディ達が必死に抑え込んでいる民衆の反デネブ感情が爆発する恐れがある。
「そのパンプキンヘッドの研究、止めてもらうわけには――」
「それでね、完成にはジパング原産の『黄金の枝』が必要なんだけど」
「まさか、ジパングまで取りに行けってんじゃ――」
黄金の国ジパングは、ゼテギネア大陸からウェンディの故郷、サージェム島がある東の外海に出た後も更に東へ進み続け、外海が果てると思しき辺りまで延々進み続けた先に漸く現れるという幻の島である。少なくともサージェム島では、ジパングまで行って帰ってきたという話をここ20年は聞かない。
「流石にそこまで無茶は言わないわよ♥️ その黄金の枝が、ディアスポラで移植されて手に入るらしいの。アナタ達、これから西の方に向かうんでしょ? 探して買ってきてくれない?」
「いや、だからその魔法を――」
「しょうがないわね。いいわよ。完成したら、アナタにも使わせてあげる。こんなこと滅多にないんだから♥️」
「そういうことじゃなくて」
「まだ不満なの? それじゃお礼に、黒真珠海で取れた『ブラックパール』をあげる♥️ 高いのよ、これ。お金がないんだったら、それ売ったお金で買ってきてちょうだい」
全然人の話を聞かない。
「じゃあ、『炎群の剣』と『ヒドラの牙』も付けちゃう。だからお願いよ~♥️」
そうだった。このデネブという女は、基本的に他人の感情に配慮するということができない人間なのだ。自分の欲望が見えたら、それを手に入れるまで止まることがない。
早くもウェンディは、この麗しの魔女を助けたことを後悔しそうになった。
「わかったわ。その代わり、パンプキンヘッドはこのバルパライソから出さないと約束して」
「OK。OK。それじゃヨロシクね、チュ♥️」
なんだかんだ言いながらこの少女のような笑顔を見てる自分も、結局デネブの色香に惑わされているのかもしれない。あれで50を過ぎてるとは。それにしても、最後のは商魂逞しさを感じさせたけど、前歴どうなってるんだろ。
幾つかの疑問が渦巻く頭で、ウェンディはバルパライソを後にした。
ランカグア城へ戻ったウェンディを迎え、軍は次なる攻略目標を選定する。進行はいつものようにウォーレンである。
「ランカグアまで進出した我々が選べる道は二つ。一つは、一度シャロームまで戻り、海沿いのポグロムを攻略する方針。もう一つは、このままゼノビアへ雪崩れ込み、一気に制圧する方針」
帝国の打倒を考えれば、ショートカットになる後者を選ぶべきところ。ということは。
「後者のデメリットを教えて」
ウォーレンは我が意を得たりと頷く。
「これまで、内陸のジャンセニア湖とデネブの庭を通ってきましたが、シリウスに荒らされていたジャンセニア湖、デネブを殺さなかったことによる不信感が募るデネブの庭では、軍の補給を支えることが難しいかと思われます。安定した物資供給が見込めるシャロームからとなると、これら陸路を回ってゼノビアまでは補給線が伸びきってしまい、戦略上よくありません」
デネブを殺さなかったことによる弊害がこんなところにも。だが、一度決めたことをいつまでも思い悩むウェンディではない。
「また旧王城ゼノビアに拠るは、神聖ゼテギネア帝国四天王が一人、デボネア将軍だと言われています。再建されたゼノビア城郭と四天王デボネア率いる帝国正規兵は、容易には落とせますまい。ですが、ポグロムを残したままゼノビア近辺に留まっていては、東西から挟撃される恐れがあります」
聞けば聞くほどやばいじゃないか。この状況でゼノビアに攻め入るは、流石に無理というものだろう。
「次の攻略目標はポグロム。みんな、いいわね」
軍議に集う諸氏が頷いた。
「では、シャロームに戻って補給を行い、そこからポグロムの攻略に向かいましょう。ポグロムに陣取るは、黄玉のカペラという魔術師。彼はデネブとは違い、根っからの黒魔術師であり、彼との戦いでは魔法をどう凌ぐかが鍵となるでしょう」
思えばヴォルザーク城でウォーレンと模擬戦をやって以来、まだ魔術師との本格的な戦闘の経験はない。
「ですが、次の戦い、敵はカペラよりもポグロムという地そのものかもしれません」
ウェンディ軍を構成する旧王国戦士団の面々が、一様に暗い顔をしている。言われてみれば、彼等にはポグロムの地と因縁があるということだったか。
ウェンディ軍の次なる攻略目標は、ポグロムへ決まった。軍の多くの者が因縁を有する地ポグロムで、彼等は過去とどう対峙するのか。
しかし、いかなる困難が待ち受けようと、彼等を率いるウェンディが光を見つけ出すだろう。人狼と魔女、二つの命と向き合ったことで、一回り成長したウェンディならば、きっと。