ウェンディ、ゼンダに立つ 『伝説のオウガバトル』攻略日誌 その6 リプレイ編


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 今回の記事の解説編はこちら→

 では、本文をご覧ください。

 

第1部 シャローム蜂起編

ステージ6 魔の棲む森

 旧王国の王都ゼノビアと王国の東端シャロームとの間には、北方の海洋に突き出て三方を海に囲まれた、半島の形をした森林地帯が広がっている。

 半島の大半部は森に覆われているが、その立地から北のカストラート海との交易が盛んであり、旧王国時代には貿易都市群が賑わいを見せていた。

 先の大戦でこの地は森ごと焼き払われ、13年の時が過ぎ、再び鬱蒼と生い茂る森が姿を現しても、戦火で荒廃した都市が以前の活気を取り戻すことはなかった。

 東側深く入り込んだロライマ湾によって、隔てられたシャロームとは陸路での往来が困難であり、ウェンディ軍は湾を渡って半島の北東の端、マトグロッソを目指す。

 シャローム側このマトグロッソから見れば森の出口、ゼノビア側から見れば森の入り口に位置する半島の西の付け根ゴヤスが、ポグロムの森を支配する帝国側将軍の居城である。

ポグロムって、変わった名前の森ね」

 一行は、ロライマ湾上を往く船の中である。

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「かつて、この森に決まった名称は無かった。ゼノビアの人間はゴヤスの森、俺達シャロームの者はマトグロッソの森と呼んでいた」

 シャローム領主であり、ゼノビア王国魔獣軍団長という二つのアイデンティティを有すギルバルドが答えた。

「じゃあ、いつからポグロムの森って呼ばれるようになったの?」

ポグロムというのは、虐殺という意味です。13年前の大戦時、王都の東にあるこの地に逃げ込んだゼノビア王国民が、広大な森と共に焼き殺されたことから付いた名です」

 ウォーレンの答えに、ウェンディは絶句する。

「焼き殺された…?」

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ポグロムの背後に位置するゾングルダーク陥落を受け、これ以上の抵抗は不可能と判断した王国軍は、帝国に投降を申し出た。軍は、ゼノビア陥落時、共に落ち延びた民間人を多数抱えていたため、自分達が捕虜となることを条件に、王国戦士団最後の務めとして民の命を保証してもらおうとしたのだ。だが、血も涙もない帝国は、軍も民も、森も人も、皆一様に焼き払ってみせた」

 ランスロットの声には、苦痛の色が滲んでいた。無理もない。戦士団に投降を決めさせたゾングルダークは、ランスロットが防衛を任されていた城なのだ。因縁の相手ウーサーへの報復は遂げたものの、誇り高い騎士である彼は、自らの過ちがもたらした痛みを、一生背負っていくことだろう。

「降伏のタイミングが遅すぎたのよ」

 ランスロットの悔恨を断つように、エリーゼが言葉を発した。

「そう言えば、エリーゼ殿はあの虐殺の生き残りでしたな」

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ゼノビア陥落後も、王国の誇りを抱く我等は、帝国に屈することができなかった。王都東のこの半島域は、三方を海に囲まれ、南面は山。山越えで大軍を展開できない帝国軍に対し、森林に潜んでゲリラ戦を展開すれば、まだ戦線を維持することができる。剣が折れれば石斧を作り、矢が尽きれば獣の骨を削って、最後の一兵まで帝国に食らい付く。その覚悟だった」

「地の利を活かして戦うは悪くありませんが、しかしそれでは――」

「ええ、ゾングルダークが陥落して気付いたのよ。我等が何のために戦うのかを」

 嘆息するエリーゼ

「帝国は今や、大陸全土を支配しつつあり、刃向かっては最早、生きていく場所はない。これだけの大人数、森に潜み続ければいずれ、水も食料も底を尽きる。たとえ沼の水を啜り、木の皮を囓って生きようと、誇りを抱いて死ねるなら、我等はそれでいい。でも民は違う。戦うことが生きることではない民達に、戦争の都合で餓鬼の暮らしを強いることはできない。彼等の生きる場所を作ることが、戦士団の真の役目のはずだから」

 淡々と語っているように見えたエリーゼだが、その拳は固く握り締められていた。

「だから降伏を決断した。決死の戦いを止め、誇りの代わりに目の前の命を取ろうと。でもアプローズが、元ゼノビア貴族でありながら王国を裏切ったあの男が、ゼノビアを侵攻する帝国軍の陣頭指揮にあって、王国軍の降伏宣言を受けると、山間を封鎖して火を放った。三方海で正面が山。鉄壁の要害とされたこの地は、我等の脱出を阻む死の牢獄となった」

 降伏した相手に、火を。

「アプローズは元同胞の我等を、虫けらのように焼き殺したのよ。逃げ場のない森で、戦士ですらない民達が、炎に逃げ惑いながら、踠き苦しむ。煙の異臭が立ち籠める中、さっきまで人だったものが黒焦げ肉と化す地獄絵図。戦士の誇りを投げ出して救おうとした命が、最も酷たらしいやり方で奪われていく。その光景を見せられる我等の絶望や…」

 次第に感情を抑えきれなくなっていたエリーゼは、遂に言葉を詰まらせた。

 ウェンディの中に、シリウスを殺した時の苦い気持ちが甦る。

 以前ババロアから、王国崩壊の一因が貴族達の離反にあったと聞いた。

 ここで民衆の逃亡を許せば、追い詰めた戦士団を逃す可能性があるのはわかる。だが、それがわかっていたとて、降伏を申し出る相手、それも元同胞の者を焼き殺し、あまつさえ無辜の民を巻き添えにするとは。

 アプローズという男、優秀ではあるが、それ以前に人としての欠陥を感じさせる。

「守ってもらえなかった者。守ることができなかった者。彼等の魂は、生き残った我等にとって、決して忘れ得ぬ記憶となって残ってる。だから、13年を経た今でも、あそこはポグロムの森なのよ」

 ウェンディ軍には、エリーゼの他にも虐殺を生き残った戦士がいる。いや、彼等だけでなく、旧ゼノビア王国民の者全てにとって、戦争の最も惨たらしい面を経験した、忌まわしき記憶がポグロムには取り憑いている。

 ポグロムを解放するということは、その記憶を解放するということなのだ。

 ウェンディの胸に灯った火は、かつてこの地を焼いたものとは異なる、暖かな光だった。

 

「おや?」

 船が上陸した途端、ウォーレンが異変を感じ取った。

 マトグロッソが見えてきた頃には、ウェンディもその違和感の正体に気付いた。

「これは…一体?」

 マトグロッソ城は、見たこともない程の瘴気を孕んでいた。ポグロムの名前の由来から覚悟はしていたが、それにしても異常すぎないだろうか。まるで、瘴気を塊にして閉じ籠めているような。

「結界のようです」

「結界?」

 言われてみれば、マトグロッソ城の周囲をなにか黄土色の靄のようなものが覆っている。

「高密度の魔力によって、時空を歪めて瘴気が拡散するのを留めているようです。このままでは、解放することは叶わないでしょう」

「なんとかならないの?」

「より強力な魔力で上書きすれば解除できますが、見たところカペラは相当な術師のようです。果たして私の魔力で解除できますか…」

 ウォーレンは両手を翳して魔力の充填に意識を集中し始めるが、自信はなさそうである。

 冗談じゃない。

 この地に残る虐殺の記憶。それを清算するどころか、こんなものを作ってポグロムの呪いを増長させるなんて。

 ウェンディは、マトグロッソ城を囲む結界にゆっくりと歩み寄る。

 右手で触れる。確かに、目の前にあるはずの瘴気が持つ独特の寒気を、右手の平からは感じない。存在しているはずだが、決してこちらに聞こえない怨嗟の声。

 死した魂をなお地に縛り付け、消化を阻害する霊への冒涜。私は決して認めない。

 その時、ウェンディの胸に着けた星形の紋章、「ティンクルスター」が輝きを放つ。

「ほう」

 胸の光が集約されて弾けると、黄土の結界を霧散させ、凝り固まった瘴気を吹き飛ばした。

「結界が、決壊した」

「…」

 ウェンディ軍は、マトグロッソに入城した。

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「どうやら、一筋縄ではいかないようです」

 切り出したウォーレンに、ウェンディも頷く。

 マトグロッソ城から見遥かしたポグロムの森は、その広大な森林地一帯に、解放する前のマトグロッソのような瘴気が立ち籠めている。虐殺があったのは13年前というが、滞留する瘴気の濃度からは、つい一月前のことでしかないのではとさえ思う。

「このただならぬ瘴気の濃さは、おそらくカペラがこの地自体にマトグロッソのような結界を張っているのでしょう。いずれにしろ我等の目標は、黄玉のカペラが拠るゴヤス城を攻略することに変わりありません。こうした瘴気の濃い森林内は、地上を行く人間を惑わす迷宮と化します。例によって、カノープス殿、ランカスター殿、マックスウェル殿を配した低空部隊で進軍しましょう。シルフィード殿等には、このマトグロッソの防衛をお願いします」

 ゴヤス攻略軍は、ウェンディ隊、エリーゼ隊、リサリサ隊の三隊に分けられた。

「まずは道なりに、森林中部を目指しましょう」

 ウェンディ隊以下低空三部隊は、マトグロッソを進発した。

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 ゴヤスの城、浅黒い肌をした老齢の魔術師が、床の上に書かれた魔法陣の上に立ち、六芒星の描かれた魔導書を片手に、何かの儀式を行っている。

 と、魔法陣を取り巻くように三つ置かれた燭台の一つ、その炎が風もないのに吹き消された。

 異変を感じ取る男。

「結界が…破られた? 例の反乱軍か」

 魔導書を置いた男が、代わりに持った杖で床を叩くと、また違う魔術師姿の男が現れる。この城の兵は、魔術師が中心らしい。

「どうやら、反乱軍がこの地に現れたようだ。哨戒の人数を増やせ。ポグロムの森は我等の味方だ。密かに囲み、森の中で奴等を始末しろ」

 命令を受けた方の魔術師が、

「デビル達を使っても?」

 と確認すると、

「構わん。そうだな、アンデッド達の方が有効かもしれん。戦力は出し惜しみするな。奴等を、森に巣食う死霊達の餌食にしてやれ」

 恐ろしい命令が下されると、部下の方は迎撃の号令を出すため退出し、その場には城の主と思しき男一人が残る。

「だが、結界はそう易々と破れるものではない。余程の魔術師か、あるいは…。念のため、準備はしておいた方が良さそうだな」

 そう言うと男は、再び魔導書を手に持ち、なにやら先程とは異なる儀式に取り掛かった。

 

「カペラは、なぜ瘴気を集めてたのかしら?」

「濃い瘴気の中では、魔法、特に屍霊系の魔法で行使される魔力が増大します。奴は、虐殺によって生まれた大量の瘴気を、何か大掛かりな魔法に使おうとしてるのやもしれません。それがどんなものかはわかりませんが」

 ウェンディ軍は、カペラの籠るゴヤス城を攻略するため、ポグロムの森を進軍中である。

 その途上、ウェンディは気になっていたことをウォーレンに聞いてみた。

「瘴気が濃いと、魔力が増大するの? 私の中では、魔法が使いづらくなるイメージだけど」

「瘴気は、屍霊の精ですから。扱い方次第では、魔法の力を加勢できます」

「屍霊の精?」

「では、魔法の根本から掻い摘んで説明しましょう」

 要領を得ない様子のウェンディに、ウォーレン先生は魔術講義を始めた。

「天と地の狭間、我々が生きるこの地上は、全て空という領域です。空は簡単に言えば隙間のことですが、空っぽというわけではありません。完全に何も存在しない空を真空と呼びますが、逆に言えば大抵の場合、空にはものがあるのです。そしてこの空を充たすものを、気と呼びます」

 根本て、そこからか。でも、

「何もないように見えても空気が存在するってことだったら、知ってるわ」

「そう、空気です。その空気には、主に三つの属性があり、それぞれ熱気、冷気、電気と言います」

 空気の属性?は初耳だが、その属性の区分け自体には馴染みがある。

「これら属性を決定する要因を、我々は精と呼んでいます。空気中の熱精、冷精、電精のいずれかが活発になれば、熱気、冷気、電気へと変ずるわけです。もうおわかりでしょう。魔法というのは、この精に特定の方向付けを与えること、魔導によって、一時的に気を操作し得られる力のことなのです」

 火炎、氷結、雷撃の三種の魔法は、それぞれ熱精、冷精、電精に呼び掛けるものということか。

「じゃあ物理魔法は?」

「物理魔法という矛盾した語からもわかる通り、本来物理魔法に直接対応する精はありません。と言いますか、精が表すのは性質のみで、物理的な力を及ぼすのは精の集合体、気であり、こちらを魔導することに魔術の本分があります。そして空気そのものを三属性の混淆気として扱い、その運動力のみに魔導をかけたものがいわゆる物理魔法になります」

 精自体は性質を示すのみで、魔法という威力は気を魔導して得られると。物理魔法は三精全てに働きかける代わりに、それぞれを純化した時のような強烈な特性は持ち得ないということか。

「さて、この精ですが、一定濃度以上の精が一所に留まり続けると、あたかも人格を有するかの如く複雑に振る舞う系を形成します。これが霊と呼ばれるものです。四風神ボレアス、エウロス、ノトス、ゼピュロスの内、前三者は元々冷精霊、電精霊、熱精霊だったものが、ゼテギネア大陸で神格を与えられ聖霊と化したものであり、ゼピュロスは謂わば空気そのものを精霊、聖霊として見立てたものです」

 エネルギーの粒が人格を有すとはどういうことなのか、はっきりとはわからないが、精霊、聖霊ならば、ウェンディにも馴染みがある。なんなら、ウェンディの家系は彼等を相手にするのが務めだった。

「一般的に魔術とは、呪文の詠唱とそれを媒介する杖によって、気中の精を魔導して魔法を行使する方法論のことですが、ゴエティックと呼ばれる上級魔術師はこの霊に対して働きかけることで、より強力な魔法を使うことができます」

 理屈はわからないが感覚的には、単なる精より霊の方が大きな力を持っていそうというのはわかる。

「ここからが本題ですが、空気にもう一つ、瘴気と呼ばれる属性があるのは御存知でしょう。瘴精は力を使い果たした精の残滓のようなもので、一般に三精への魔導伝達を妨げるものとして捉えられていますが、魔法の中にはこの瘴精そのものを魔導する魔術が存在します。それが、暗黒魔法です」

 漸く話の筋が見えてきた。

「ここで重要なのが、三精と違い瘴精は、その濃度を人為的に制御できるということです。人間含めた動植物の肉体というのは謂わば精の塊ゆえ、そこには霊が自然発生します。それが生霊であり、肉体が死を迎えると屍霊となるのですが、屍霊は瘴精の塊なのです。依っていた肉体を失った屍霊は間もなく瘴気として拡散しますが、暗黒魔法の中の屍霊術ではこの拡散を意図的に妨げ、屍霊を使役して上級魔法を行使します」

 瘴気の拡散を止める。マトグロッソで見た結界。

「暗黒魔法自体は魔術の基礎知識なのですが、屍霊術が敬遠されるのはその術者に、屍霊を生むため生者を殺すという本末転倒を起こす者が少なからずいるためです」

 つまり、

「カペラはその、屍霊術の類いをやろうとしてるっていうの?」

「それも単なる屍霊術なら、あそこまでの瘴気は必要ありません。精を操る技は元々魔界の住人のものだったと言うくらい、魔界の空気は精も瘴も濃いそうですが、あの瘴気の濃さはその魔界に相当するやも。となると魔法の対象は――」

「魔界の住人?」

 カペラは、このポグロムに魔界を呼ぼうとしてるというのか。

「ただの推測に過ぎませんが。とは言え、虐殺により命を奪われた報われぬ魂達を、尚も屍霊として使役しようとする態度は、魔術師としては認められても人としては好きになれませんな」

 その通りだ。カペラが何を考えていようが、私達のやることは変わらない。帝国の虐殺の上に、無辜な魂を利用して自らの野望を実現しようなどと、見過ごせるわけがない。

「ところで、今お話ししたのは魔術の基礎知識なのですが――」

「ありがとう。勉強になったわ」

「これらのことを知らずに、ウェンディ殿はこれまで魔法を行使しておられたのですか?」

「えっ、いやー…」

 やだ、なんか恥ずかしい。

「そのー、神官修業時代に覚えたもので、だからほら、念じたら出るって言うか」

「成る程、魔導基盤ではなく加護由来の力と。詠唱もサージェムの独自発展型のようですし…」

 そんな真剣に考え込まないでくれ。悪かったよ、田舎魔術で。

「っ、さあ、カペラを倒しに行くわよ」

 ウォーレンにこれ以上自分の無知といい加減さを追及されないように、ウェンディは先を急いだ。


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「誰か来るぞ」

 カノープスの言葉で警戒を強めたウェンディ軍の前に、一人の男が血相を変えて飛び込んできた。

 ウェンディ達の姿を見ると一層狼狽えて、

「ひぇっ、な、何も見てません。どうか、命だけはお助けを…!」

 と跪く男。

 ウェンディが、

「貴方をどうこうしようという気はないわ。何があったの?」

 と尋ねると、

「奴等に追い掛けられてたみたいだな」

 代わりに答えたのはマックスウェル。

 見る間に、二匹のワイアームを伴ってビーストテイマーが降下してきた。

「なんだお前等は?」

 訝しむ帝国兵が、

「お前等、カペラ様が言われた反乱軍か」

 言うが早いか、襲い掛かるランカスター。ワイアームが攻撃を防ぐが、ティムとテイラーの連続攻撃を受け、翼を損傷する。

「くっ」

 形成不利と見たビーストテイマーは、ワイアーム達を連れて撤退した。

 帝国軍が去ったところで、改めてウェンディは問う。

「どうして追われていたのか、教えてもらえる?」

 ウェンディの顔を見ると、男は落ち着き取り戻して、

「私は北西の神聖都市、セルジッペの者なのですが、帝国がこの森でやろうとしていることを垣間見てしまったのです」

 自分が体験した恐ろしい出来事を語り始めた。

 

「虐殺を経験したこのポグロムの地では、森中央部を囲むように三つの教会が迷える魂を鎮めています。にも拘らず、森が再生した今となっても、この地を覆う瘴気が晴れることはありません。その森にしたって、以前は緑が心地よい穏やかな森だったのです。それが今や、人を惑わす魔の森と化してしまい、迂闊に分け入ろうものなら、森に棲む魔物に魂を囚われるのか、多くの者が帰らぬ存在となってしまいました」

 翔べる我等では気付かなかったが、やはりこの森を歩いて渡るのは危険なようだ。

「一月程前にセルジッペを訪れたポルトラノという高名な司祭様曰く、森がこうなってしまったのは、大戦時に焼かれた死体が未だ弔われぬためだろうと。そこで、セルジッペやロードニア等、各都市から人を集めて、森の死体を埋葬しに行くことになったのです。ポルトラノ様に率いられ、私達は森林の中心部を目指しました。そこで、見てしまったのです」

 その恐ろしさを思い出すだに、今にも震えが来んばかりの様子で、男は語った。

「森の中には、黄玉のカペラが居ました。奴は複雑な紋様で囲われた中に立ち、片手に持った六芒星が表紙の魔導書を読み上げながら、何らかの儀式を執り行っている最中でした。奴の目線の先には、奴と対になるように描かれた紋様があり、その空間は一際濃い瘴気で漆黒の闇に染まって見えました」

 そこで男の目は一層見開かれる。

「すると、その闇の中心がこちらに迫ってきたのです。本能的に喰われると直観し、思わず尻餅を撞いたところで気付くと、ポルトラノ様が神の名を唱えています。よく見ると、闇は変わらずそこにありました」

 話を聞くウォーレンの顔に、緊張の色が見える。

「理解できない体験に畏怖し、体が竦んでいた我々は、逃げよ、というポルトラノ様の言葉で我に返りました。見ると、邪魔が入ったことを察知したカペラが兵を呼び集めています。我等に逃げよと申されたポルトラノ様は先程の詠唱で憔悴なされて動けず、我等はポルトラノ様を置いてそこを逃げ出す他ありませんでした。しかし、我等のみでは迷宮と化した森を抜けることができず、追手を躱しながら森の中を逃げ惑う内に一人、また一人と捕まっていき、残るは私一人となってしまったのです」

 よく見れば、男の体には無数の傷があり、頬はこけ、疲弊した様子は少なくとも、丸一日以上森の中を彷徨っていたことを物語っていた。

 

「カペラが呼び出そうとしていたもの、あれはこの世ならざるものに違いありません。あれと対面した時の恐怖は、未だ嘗てないものでした」

 ウォーレンの方を見る。

「彼の話が本当ならカペラは、神々に敗れ魔界に堕とされた太古の神、アネムの眷属を召喚するつもりかもしれません」

 太古の神の眷属? ウェンディには想像もつかないが、退っ引きならない事態と見て間違いなさそうだ。

「くそっ、いつの間に?」

 ランカスターの声。

 慌てて周りを見る。

 ウェンディ達は、木々の間から覗く帝国軍に完全に包囲されていた。

「先程の敵を逃がしたことで、こちらの位置を捕捉されたようです」

 確実に仕留めるべきだったか。だが、今更悔やんでも遅い。

「また返り討ちにしてやる」

 影の一つに躍りかかったテイラーだが、

「なん…だと?」

 ダメージを受けた様子がない。いや、ダメージがあろうはずがない。相手は骸骨の剣士だった。

「その相手はスケルトン。気を付けてください。アンデッドは通常武器では倒せません」

 ゆらりと現れる敵の姿。それらは骸骨であったり幽霊であったり、屍霊に形を与えられただけの、命を持たない兵士達。

「アイエーッ」

 マルコムが悲鳴を上げた。敵の精神攻撃。アンデッドを操る魔術師か。

「そこかッ!」

 ディベルカが突っ込み、倒したそれは、

「…悪魔!」

 角を生やし、翼を持ち、全身を緑色の体皮が覆うデビル。

 悪夢のような光景に、ウェンディ達の士気が減じようかというところ、

「アンデッド達は、ヒーリングで滅することが可能です! 魔族と言え、デビルは下級悪魔。我々なら十分倒せるでしょう!」

 ウォーレンが的確な言葉で檄を飛ばす。

「魔性のものなら」

 ブラッキィが手にした「ルーンアックス」でデビルを斬りつける。悲鳴を上げてデビルは倒れた。

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 エリーゼとリサリサは、いつもなら味方を助ける癒しの光を敵に向ける。スケルトンが元の白骨へと戻り、ゴーストが浄化される。

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 戦える。何が相手だろうと。この地上にある限り、それは私達と対等の存在だ。

 残ったウィザード達を掃討し、ウェンディ軍は危機を脱した。

 

 敵襲を退けたウェンディ軍は、今後の方針を決めねばならなかった。

「この場に留まっていれば、再び包囲される恐れがあります」

「でも、彼を連れて戦うわけには」

 リサリサはセルジッペの男を気にしている。民間人を連れて行軍するのは、確かに戦いづらい。

セルジッペへ向かうのは異存ありません。ただ、ポグロムの森はカペラの庭のようです。真っ直ぐに進んだのでは、再び奇襲を受ける恐れがあります」

「何か案はないの?」

「何方かに、敵を引き付けてもらう必要があるのですが…」

 通常攻撃が通用しないアンデッドを含む敵の軍勢を一手に引き受けるとなると、その部隊には相当の負担が強いられる。だが、誰かがやらねばならない役割。

「私が囮になる」

 手を挙げたのはエリーゼだった。

「では、私も――」

「抜かれた敵からウェンディ殿を守るのが、貴女の役目よ」

 同行しようとしたリサリサを、エリーゼが制する。

「本当に一隊で大丈夫?」

「くどいわよ。愚図愚図してると、敵が来るんでしょ」

 心配するウェンディを説得するよう、エリーゼはウォーレンを促す。

「では、装備やアイテムの類いを、エリーゼ隊に託します。なるべく上空を翔び、敵の目に止まるよう動いてください。いっそ森を抜け、マラニオン付近まで前進した方が、戦い易いかと思われます」

 装備の受け渡しが済んだところで、上空から周囲を見張っていたランカスターから声が掛かる。

「敵の一隊が、こちらに向かってくるぞ」

「じゃあ、行くわ」

 進発しようとするエリーゼ隊に、

「天に掛かる翡翠の橋が、後退の合図です。橋の袂へ向かってください」

 ウォーレンが声を掛ける。

 意味がわかったのか、わからなかったのか、エリーゼは片手を挙げて応え、翔び立っていった。

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 エリーゼ隊を見送ったウェンディ隊とリサリサ隊は、神聖都市セルジッペへ向かう。

 隊は密林を飛び越えるギリギリの高さを翔び、民間人の男はランスロットに背負われている。隠れ都市であるセルジッペへの道筋は、ランスロットに背負われた男が示してくれていた。

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 道中、ウォーレンがウェンディに告げる。

「カペラのやろうとしている儀式がそれほど大掛かりとなると、何処かに生け贄が用意されているかもしれません。森へ踏み入って、行方不明になった者達のこともあります。未だ弔われぬ魂とは、もしや彼等のことやも」

「それじゃあ…」

「あるいは手遅れかもしれませんが、囚われた彼等を解放してあげるべきかと。セルジッペに着いたら、情報を探ってみましょう」

 エリーゼ隊が囮役を果たしてくれたお陰で、ウェンディ達は難なく神聖都市セルジッペへ辿り着くことができた。

 男を家へ帰し、ウェンディはセルジッペを解放する。

ポルトラノ様は、お帰りになられませんでしたか…」

 セルジッペの神官は、悲痛そうな面持ちで呟いた。

「その前にも、森から帰らない人達がいるって聞いたけど、彼等を収容できるような所はないかしら? ポルトラノ殿も、もしかしたらそこにいるのかもしれない」

 司祭が生きている可能性に神官は喜びかけたが、再び深刻な顔になり、

「しかし、森の中にそのような大きな建造物は…」

「森を探したポルトラノ殿が発見できなかったとなると、森の外はどうでしょう?」

 ウォーレンの問いに、思案を深める神官。

「このセルジッペから東に進んでいった先に、ミナスシェライスという都市があります。かつてはカストラート海との交易で栄えた貿易都市でしたが、先の大戦で荒廃し、今では誰も住んでいない地とされています」

「そこなら――」

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「ですが、ミナスシェライスは元々普通の都市です。人を閉じ込めておけるような所では…」

 大量の瘴気を纏ったマトグロッソ城が思い起こされる。

「…結界!」

「ええ、結界で封じられれば、中から出ることは叶わないでしょう」

 ウェンディの閃きを、ウォーレンも肯定する。

「但し、結界の中は非常に瘴気が濃いものと予想されます。解放はなるべく早い方が良いかと」

「すぐに準備を整えて、ミナスシェライスへ向かいましょう」

 共に来たリサリサ隊をセルジッペの防衛に残し、ウェンディ隊はミナスシェライスへ向けて発った。

 

 一方で、森を抜けたエリーゼ隊は、マラニオンとゴヤスの中間に位置し、北面へ抜ける敵の迎撃に当たっていた。

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 視野の広い街道で、確かに森林内で戦う不利からは解放していたが、複数のアンデッドを相手にする戦いはそれでも楽なものではない。

 なによりも、このアンデッド。

 カペラがこの地に居を構える理由。それは、虐殺によって生まれた大量の瘴気を利用するためである。その瘴気の元となった屍霊は、13年前焼き殺された、エリーゼ達の同胞の魂だ。

 帝国に殺戮された魂を使い、帝国のために戦う兵士を作る。

 屍霊術という力の抱える業を目の当たりにし、エリーゼの中で過去の無念が沸々と甦る。

 その彼女にできるのは、彼等の魂を一刻も早く解放すること。

 サンダーグラブを嵌めた手で杖を固く握り締め、一心不乱に浄化の魔法を唱えていた。

「ヒーリ…」

 魔力の消耗か、あるいは別の心労か。磨り減らしたエリーゼの精神が途切れる一瞬の隙、目前に現れる一体のゴースト。

 私を呼んでる。生き延びてしまった私を、本来あるはずの仲間の元へ。それで皆の苦しみが癒えるなら。エリーゼは静かに目を閉じる。

「まだ諦めてもらっちゃ困るぜ」

 目を開けたエリーゼの前で、ブラッキィの振り下ろすルーンアックスがゴーストを斬り裂く。

「ここにいるのは、ポグロムを生き延びた連中だ。お前一人で背負わなくても、隊のみんなで分け持ったっていいだろ」

 見渡すと、ティム、テイラーがウィザードを掃討している。日暮も近いこの地獄の戦場で、彼等は懸命に戦線を維持している。

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「それに、死者の魂を弄ぶカペラを倒すこと、帝国を倒すことが、死んでいった奴等へ最大の手向けになるんじゃないか」

 そうだ。私は、過去を悔やむために生き延びたんじゃない。戦うために、ここに戻ってきたのだ。

「前衛のアンデッドは、任せてもいいかしら?」

「おう。この戦斧があれば、遅れは取らねえ」

 エリーゼはキュアポーションを呷ると、クレリックの杖をヴァルキリーの槍へと持ち変えた。

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 セルジッペに居残ったリサリサの元へ、一人の男が訪ねてきた。

「私はこの町で商いをやってる、トードという者なんですが」

 柔和な雰囲気を取り繕っているが、その目にはどことなく翳が見える。

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「貴女方はあの森を抜けてきたんでしょう? 流石、勇猛で知られる反乱軍だ。そんな貴女達に頼みがあります。このセルジッペから南に下っていった所にバイアという貿易都市があります。そこに住む男から『悪徳の香炉』という高価な品を買ったんですが、森を通れず運べないと言うのです。貴女方で代わりに行って取ってきてくれませんか。勿論、ただとは言いません。労苦に見合うだけの礼はさせてもらいます」

「済まないが、先程ウェンディ殿はこの町を発ったばかりだ。ウェンディ殿の指示なくして、町を離れることはできない。戦が終われば、承ることもできるが」

「今すぐ入り用なのだ。貴女達もガキの使いじゃあるまいし、ちょっと行って取ってくればいい話ではないか」

 年近いウェンディに忠実なリサリサは、町の平穏より私用を優先するトードの言葉を、嫌らしいものとして受け取った。

「我々には、セルジッペ防衛の任がある。貴殿の頼みは、聞き入れかねる」

 リサリサの返答に、トードは明らかに不機嫌になった。

「ふん。あんた等の顔は、二度と見ることはなかろうよ」

 そう言うと、トードは踵を返して去っていった。

 

 西へ進むウェンディ隊の前に、ミナスシェライスが見えてくる。

「やはり」

 ミナスシェライスは、黄土の結界に覆われていた。

 結界に近寄ったウェンディが、手を翳す。

 マトグロッソの時同様、集約した光が弾けると、結界が消え、瘴気が吹き飛ぶ。

 ウェンディは、貿易都市ミナスシェライスを解放した。

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 廃墟同然と聞いていたミナスシェライスには、セルジッペと同数以上の人々がいた。これだけの人数が、儀式の生け贄として閉じ込められていたのか。カペラへの怒りが沸き上がる。

「町を解放していただき、ありがとうございます」

 感謝を告げる市長の隣に、白髪、白衣姿の老人。彼はもしや、

「貴方が、ポルトラノ殿?」

 ポルトラノと呼ばれた男は頷く。

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「左様です。森に巣食う瘴気を祓おうと中に入ったものの、カペラに捕まり、ここに閉じ込められてしまいました。私の力では、町の人々が瘴気に冒されないよう護るので精一杯でしたが、外からとは言え、あのカペラの結界を破るとは。解放軍は、神からの祝福を受けているようですね」

「貴方の方こそ、無事でなによりよ」

 ウェンディは微笑み返す。

「ここの結界を解いたことで、カペラも直ぐ様儀式に移ることはできないでしょう」

 太古の神の眷属。話を聞いただけのウェンディには、未だに信じられない。

「奴は一体何者なの?」

「黄玉のカペラは、大陸一の賢者と謳われたあの魔導師ラシュディの弟子なのです」

 えっ。

ラシュディって、ロシュフォル王子と共に大陸に平和をもたらした五人の勇者の?」

 それに答えたのは、ウォーレンだった。

ラシュディは、盟友であったグラン王を裏切り、大戦では帝国について多くの戦士の命を奪いました。一説では、グラン王暗殺の手引きをしたのも、ラシュディその人だったと言われています」

 そんな。かつての英雄が、悪しき帝国に手を貸していたなんて…。

「彼の弟子だったカペラも、師ラシュディの意向に共感し、帝国に与しています。しかし、奴がやろうとしているのは、人の身に余る恐ろしい所業。それだけは、なんとしても止めねばなりません」

 表情は穏やかなままであるものの、ポルトラノの目には強い覚悟があった。

ラシュディの元で研鑽しただけあって、カペラ自身も強力な降霊術を使います。私では、とても奴に太刀打ちできませんでした。ですが、祝福を受ける貴殿方ならば、奴を倒すことも叶うでしょう。神に仕える身で、こんなことを頼むのは気が引けますが」

 横に居た市長も、ウェンディに懇願する。

「我等をこんな目に遭わせたカペラを、どうか打ち倒してください」

 人の世の道、神の僕の道。どちらの道理にも悖るのがカペラの行いであり、帝国の支配がもたらす災厄なのだ。

「私達は、きっとこの地を呪縛から解放してみせる」

 ウェンディは力強く応えた。

「そう答えてくれると信じておりました。このような物しか用意できず恐縮ですが、この神秘のメイスには私の力で祝福を授けてあります。聖なる祈りで、貴殿方の魔力を高めてくれるはずです」

 ウェンディは、ポルトラノから「神秘のメイス」を受け取った。

「ではこれより、ゴヤス城の攻略に移ります。敵は今、エリーゼ隊が陽動を掛けている北東側に集中しているはずですから、背面のゴヤス北西面を衝くことにしましょう。とは言え、敵も北西側を無防備にはしていないはず。セルジッペからリサリサ隊を南下させ、ゴヤス城までの血路を開き、我々はリサリサ隊とゴヤス手前での合流を目指します」

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「ならまずは、セルジッペに使いを出さなくちゃならないわね」

「実は、もう出してあります」

 流石、仕事が早い。

「各、戦闘準備に入ってください。それが済み次第、ゴヤスへ向けて進発します。

 そう言うと、仕事の早いウォーレンは何らかの仕度に入る。

 戦闘準備と言っても、元から行軍中のウェンディ達にたいした仕度はない。

「あら、なかなか似合ってるわよ」

 ギルバルドは、盾を持つ騎士装備から長剣を佩く侍装束へと姿を変えていた。

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「魔術師のカペラは、後衛にいる可能性が高い。射程の短い片手剣では、攻撃が届かない可能性がある」

 経験豊富なギルバルドらしい言葉だ。

 大丈夫。屍霊術が如何に恐ろしいものだろうと、彼等に対する信頼はそれ以上だ。

 安心していたウェンディの耳を突然、

 バッ、シュッ、シュッ、シュ、シュ!

 爆音が襲った。

 

 とうに真夜中を過ぎたマラニオンの街道で、激闘は続いている。

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 ウィッチの操るゴーレムを、テイラーがイスケンデルベイで斬りつける。

 ランカスターに牽制されたヘルハウンド達をすり抜けて、ブラッキィのルーンアックスがバーサーカーを仕留める。

 エリーゼのライトニングが閃いた瞬間、ドールマスターには覇者の剛剣を構えたティムが。

 息をつこうとしたその時、エリーゼに迫るニンジャの影。夜の闇は影を好む者に味方する。まだ生き残りが――。

 危うく間に合うブラッキィ。

 見事な連係が取れたエリーゼ隊も、流石に疲労が蓄積している。キュアポーションも残り少なくなってきた。肩で息をしている面々。

「ここらが潮時かしら」

 自嘲してみせたエリーゼ

 その後方で、漆黒の夜空に翡翠色に光る柱が立ち上った。

「あれは…!」

 驚いて振り返る。翡翠は天界に届くかと思う程高く上った後、変わらず強烈な光を放ったままゆっくりと降りてきて、疲弊したエリーゼ達の顔を照らした。

翡翠の橋…」

 私達の役目は終わった。後は、我等を導く光に任せよう。

「あの光の下まで後退する」

「漸く解放されるぜ」

 やれやれといった感じで首を振るティム。

 エリーゼ隊は前線を退き、ミナスシェライスへ向けて後退を始めた。

 

 北西の町セルジッペで、律儀に防衛任務を続けていた若いリサリサの元へ、一匹の白い梟が飛び込んできた。

 梟は文を携えている。

「北上してくる敵を迎撃しつつ、ゴヤス方面へ向けて南下されたし。我等も後を追う。ゴヤス城手前で合流せん」

 文にはそう書かれてあった。

「漸くね」

 リサリサは任務に忠実な戦士であるが、実のところ辺境の防備に退屈していたのだ。

 そうして今、西の貿易都市バイアの横を通り抜けて、ゴヤスへ向かい南下の最中。

 ぐんぐんと進んできた行く手に、ゴーストとデビルを従えたウィザードの二隊が立ちはだかった。

 エリーゼ隊に北東へ出る道を封鎖された帝国軍は、大きく西へ迂回する進路を取り始めていたのだ。

「行くぞ」

 若いリサリサは、ポグロムの虐殺を経験したわけじゃない。だが、死者の魂を弄ぶ帝国への怒りは、他の戦士達にだって劣らない。

 浄化の魔法でゴースト達を祓う。前衛のマルコム等がデビルを抑え込んでいる隙に、今度はヴァルキリーの槍を構える。

 ハドソンの神宿りの剣がデビルを焼き、リサリサの放つ雷がウィザードを撃つ。

 温存されていた分の破竹の勢い。

 西方の戦線は無事進行中である。

 

 ゴヤスへ向かうウェンディ隊は、ミナスシェライスとの中間地点辺りで、後退してきたエリーゼ隊と再会した。

 敵は北東からの進軍を一時中断しつつあったため、エリーゼ隊は余裕をもって退却することができていた。

「あの翡翠は魔法で出したの? 素敵な光だったわ」

「ウォーレンの魔法よ。いきなり大きな音がしたからびっくりしたけど」

 感謝を告げようとしたエリーゼだったが、

「どうしたの、それ?」

 ウォーレンの格好が気になってしまった。今度のウォーレンはニンジャの装いである。

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「ヘクター殿に教わったものを試しているのです」

 ヘクターの故郷では皆、ニンジャの訓練を受けるらしく、そう言えば、ウォーレンに忍術の手解きをしているところを見かけたことがある気もする。

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「そう…」

 戸惑うエリーゼに、ウェンディが目で同情する。ウォーレンは酔狂なところもあるが、なんだかんだ意味のない行動は取らない男である。この忍装束にも、何らかの理由があるはずだ。多分。

「とりあえず、私達の装備を渡しておくわ」

 前線を退くエリーゼ隊は、代わりに戦いへ赴くウェンディ隊に装備を預けた。

 ルーンアックスを含む装備を受け取ったウェンディ隊は、

「ありがとう。この先のミナスシェライスで、戦勝報告を待っていて」

 そう言うと、ゴヤスへ向けて翔けていく。

 ウェンディの笑顔に、エリーゼは先程の翡翠と同じものを感じ取った。

 

 ゴヤス城手前のにある林でウェンディ隊がリサリサ隊に合流したのは、ポグロムを黒く染めた夜が明け始める薄明の頃だった。

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「このままカペラの奴をぶっ飛ばしにいく?」

「そのことなのですが」

 リサリサの問いに、ウォーレンは答えた。

「魔性のもの等を操るカペラが相手ですので、神聖装備が必須かと。装備を充実させた、少数精鋭の部隊で臨みたいと思います」

 ということは。

「カペラと戦うのは、私達ね?」

 確認するウェンディ。

「あら、残念」

 リサリサは戦い足りなかったようだが。

 最強装備で整えたウェンディ隊。神秘のメイスは、ウォーレンが腰に差す。

「では、参りましょう」

 ゴヤス城へ迫るウェンディ隊。

 ゴヤス城には、これで見るのは三度目となる結界が張られている。

 こんなもので、私達を阻めはしない。

 結界を弾き飛ばす。

 ウェンディ隊は、ゴヤス城へ突入した。

 

 城の奥、外の光の一切が遮られた間で、黄玉のカペラは待ち受けていた。

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「魔の森と化すポグロムを抜けてきたか。結界を破るほどの魔力があれば、それも当然か」

 浅黒い肌、鷹揚な態度は老齢さを感じさせるが、鋭い眼光からは衰えと遠い。血の色を思わせるローブに、片手で六芒星が表紙の魔導書を持つ姿は、いかにも魔術師然としている。

 と、その目が忍装束の男の顔に止まる。

「貴様は…、星読のウォーレンか。そんな格好をして、ヴォルザークで星を見るのにも飽きたか? ゼノビアの生き残り共を率いて、帝国に反乱を起こそうとは。結界を破ったのは貴様か」

 挑発するような言葉にまるで動じず、ウォーレンは答えた。

「この軍を率いるは、私ではありません」

「なに?」

 ウォーレンの言葉を聞き、カペラは隊の中央に構える、一際背の高い若草色の髪をした乙女に目を止める。

「ん? 貴様、この大陸の者じゃないな? そういうことか。貴様だな、結界を破ったのは」

 カペラと目が合ったウェンディは、怒りをぶつける。

「帝国によって殺された哀れな魂を焼べて、帝国のための力を得ようというの?」

「帝国のためというのは違うな。俺は俺自身が見たいがために、魔界の力を顕現させるのだ。ラシュディ様とて、大陸を贄とするため、帝国という組織を借りているにすぎん」

 カペラの答えは、ウェンディが想像するより更に酷いものだった。この男は、己が望みのためだけに、ポグロムという地を、そこに住まう民を、犠牲とすることを何ら厭わない。支配が目的という帝国より、遥かに質が悪い。

 それに最後の言葉。大陸を贄とする? 一体何を言っている?

「そんなことをしたところで、貴殿が呼び出そうとするものは、到底人の手に負える力ではありますまい。貴殿は地上を魔界にするおつもりか」

 ウォーレンの言葉に、カペラは嘲るように返す。

「人の手に負えぬか。さもあろうよ。なれば俺も、人の身を捨てねばなるまいな」

 これは、到底話の通じる相手じゃない。

 ウェンディの緊張は、隊の皆も同じだった。

 戦闘準備に入るウェンディ隊を見て、呪文を唱えるカペラ。

 と、カペラの前方、魔法陣から三体のデビルが召喚された。

 カペラ自身も、魔導書を杖に持ち変える。

 こうして人ならざるものを、平気で地上に蔓延らせるか。

 ウェンディは剣を抜いた。剣に付けられたベルオブコールドが、白い光を放つ。

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「貴方みたいなのがいるから、ポグロムの呪いは解けないのよッ!」

 ウェンディのアイスレクイエムは、デビル諸共にカペラへ氷結ダメージを与え――、

「結界を破ったにしては、この程度の魔力か? 大魔導師の弟子を、舐めてもらっては困るな」

 カペラの周囲に発生した魔力防壁のようなものが、ウェンディの氷結魔法を防いだ。

「そんな…」

「そんなに亡霊共が恋しいなら、貴様等もここで朽ち果てろ」

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 何かが、聞こえる。後ろ、いや下か?

 見えない。何も見えない。闇が。漆黒の闇だけが。

 息を。息を吸わせて…。

 ウェンディの意識が飛んだのは、一瞬に過ぎなかった。だが、その身に恐怖を刻むには充分だった。

 カペラのダーククエストは、呼び寄せた屍霊を瘴気の塊として相手にぶつける魔法だ。場にいる全員がその瘴気に呑まれ、精神を蝕まれる。

 今のをもう一度喰らえば…。

 ウェンディの背中から、冷や汗が噴き出す。と、

「イアーッ!」

 ランスロットが、神宿りの剣を振り翳してデビルに襲い掛かった。

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 悪夢を見せられたのは、ランスロットも同じはずだ。それでも、彼は前に進む。そこにしか活路がないことを、戦士の経験が告げている。

 そうだ。次のダーククエストが来るまでに、片付けてしまえばいい話だ。真の悪夢とは、ここで立ち止まり、カペラのような邪悪な魔術師が死者を弄ぶ地獄を許してしまうことだ。

「当たれよッ!」

 ギルバルドのイスケンデルベイから放たれたソニックブームが、カペラを直撃した。

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「ぐあぁッ!」

 次なる詠唱に入っていたカペラは、傷口を押さえて詠唱を中断せざるを得ない。

 その間、印を結び続けていたウォーレン。腰に差した神秘のメイスが、濃い瘴気から守るように、清らかな光でウォーレンの体を包む。

「火遁、鬼火!」

 ウォーレンの発声と共に、カペラの周囲を漂っていた瘴気が炎となって、カペラ自身に襲い掛かった。

「なんだとッ!」

「ニンジャの技は、元来ジパングのもの。ゼテギネア魔術の中で編み出された魔力防壁では、忍術は防ぎきれません」

 ウォーレンが説明する最中にも、カノープスのルーンアックスがデビル達を仕留めていく。

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「屍霊術に囚われた、貴殿の限界です」

 二度目の印を結び終えたウォーレンの火遁が炸裂した。

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「ぐおおおッ!」

 体を焼く炎に、カペラが悶え苦しむ。かつてポグロムの業火に焼かれた屍霊達、彼等の魂を弄んだカペラ自身が、今度は焼かれる身となる。

 鎮火の魔法を唱えようにも、焼けた喉では最早呪文を発することはできない。

 持ち歩いてきた魔導書が、灰となってその懐から零れ落ちる。

 妖しく光っていた両眼が、今や闇しか映し出さない。

 苦痛から逃れるように彷徨っていた体が、ぴたと動きを止める。その瞬間、床一面に、見えぬよう描かれていた魔法陣が、強烈な光を放ち、消えた。

 かつてカペラであった灰の塊は、そのまま床に倒れ臥した。

 ポグロムの炎は今、燃え尽きたのだ。

「漸く、終わったのね」

「これが、暗黒の力に溺れた者の末路です」

 ポグロムの解放を告げるため、ゴヤスの城を出るウェンディ達。

 森にはいつしか、白い陽の光が差し始めていた。

 

 安堵の息を漏らすウェンディ隊の頭上、見えぬほど薄く延びた黄土色の靄。それがゴヤスの城から徐々に出ていくのを、誰も気付くことはなかった。

 

伝説のオウガバトル

伝説のオウガバトル

  • 発売日: 1993/03/12
  • メディア: Video Game