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第1部 シャローム蜂起編
幕間7.5 新たなる光
「負けたのか、この私が」
「容易に剣筋を見切れたのは、貴公の剣に迷いがあったからだ」
未だ茫然としているデボネアに、アッシュが声を掛けた。
「この戦いに正義がないことを、己でも薄々気付いていたのだろう。他に兵の姿が見当たらないのも、自身の戦いに巻き込んで、無用に散らす命を見たくなかったからではあるまいか」
アッシュの言葉に、デボネアは項垂れたまま。この男は、噂に違わない武人のようだ。
ウェンディもデボネアに語り掛ける。
「貴方程の人がそこまで忠誠を尽くすのだから、エンドラにも立派な君主としての面があるみたいね。でも、シャロームに入ってから私がこれまで見てきた現状、そしてこのゼノビアの有り様。とても、この大陸を治めるに相応しい人物とは思えないわ」
「…先王崩御後の混乱を収め、ハイランドの女王として君臨したかつての陛下は、紛れもなく立派な君主だった。だが、最近の陛下はお人が変わられたようだ。確かに、以前の陛下とは違う…」
表向き、反乱軍鎮圧のためと言われているが、自分が最前線のゼノビアへと派遣された理由に、デボネア自身は思い当たる節がある。
ゼノビアへの出征命令が下る前、デボネアはディアスポラ監獄の責任者でもあった。
生来の勤厳実直さで、市井の治安を脅かす盗賊、不正を働こうとする官僚を厳粛に取り締まってきたデボネアだったが、此度、軍費供出に反対した市民達を全員投獄するよう言い渡された。
反乱軍の挙兵を名目に、帝国は鎮圧のための特別軍事費を認可。その負担は当然のように、ディアスポラを含む旧ゼノビア領市民達の元へのし掛かった。
重すぎる税に耐えかねた市民達は、団結して徴発の拒否を陳情。それを受けた帝国側の回答は、陳情に参加した全員の捕縛というものだった。
仕事にも真面目だったデボネアは、軍拡を続ける国費を賄うため、日頃から課される法外な税に喘いでいるディアスポラ市民の窮状を知っており、そこに加えて今回の増税。彼等に費用を捻出する余裕がないのは無理からぬことである旨を、エンドラに向けて上申した。
その結果、反乱軍鎮圧の陣頭指揮を執れと命を受け、ゼノビアへの派遣が決まったのである。
ハイランドの統治に当たっていた頃の陛下は、民の生活を何よりも労り、決して無実の民を罰するなど良ししなかった。あまつさえ、家臣の意見に耳を貸そうともせず、一方的に処分を下すようなことは…。
私が仕えてきた陛下ならば、そんな真似はしない。今の陛下の周りには、廃止された宰相の代わりに顧問を務めるラシュディを始め、私の知らぬ者も多い。よもや、彼等の手で、陛下の判断が狂わされているのでは? 彼等が陛下の慧眼を曇らせ、我等忠臣達の意見から耳を塞いでいるのでは?
「私は、陛下のためならばこの命、いつ捨てても構わないと思っていたが、私が陛下の言葉と思っていたものを、何処ぞの下郎が発していたとしたら…。陛下でない者のために死ぬのは御免だ」
跪くデボネアは、ウェンディを見上げて言った。
「虫のいい話と思うだろうが、もし貴殿が許してくれるなら、私に最後の忠義を尽くす機会を与えてはくれまいだろうか。この戦い、いや民に苦痛を強いる帝国の圧政は、きっとエンドラ陛下の御意思ではないはず。我が命を懸けて、陛下を惑わす輩を取り除いてみせる。勿論、そんな言葉を信用できないというのであれば、この場で斬り捨てて貰っても構わないが」
私達がデボネアを倒せたのは、彼が単独で最前線に置かれていたからだ。使い捨てるように自分を死地に送ったエンドラに対し、それでも尚デボネアは、最後に忠義の剣を振るいたいと言っている。
「ウェンディ殿…」
何か言いたげなアッシュ。アッシュはデボネアに思うところがあると言っていた。つまり、旧知の間柄だということだ。デボネアの最後の頼みを、叶えてやりたい思いがあるのかもしれない。
ウェンディは、デボネアの目を見る。そこには、彼女が知る最も確かな光。ランスロットやギルバルド、他の仲間と同じ信義の光が宿っていた。
「貴方がこの戦いを止めてくれると言うなら、私達だって願ってもないことよ」
「…誠か?」
自ら言い出したことだが、デボネア自身信じて貰えるとは思っていなかった。
ウェンディは周りを見る。
「ウェンディがそう言うなら、仕方ねえな」
カノープスはぼやいているが、満更でもなさそうだ。ウォーレンも、ウェンディを支持するように頷く。
結局のところ、皆このデボネアという武人を気に入ってしまったのだろう。
「忝ないっ」
デボネアは、深く、頭を垂れた。
細部をウォーレンに委ねる形で、戦後処理に一応の段取りをつけたウェンディには、向かう所があった。
「よう、ゼノビアは解放できたようだな」
ウェンディは、この男ライアンに会うために、アンベルグへやって来ていた。
「お陰様でね。貴方が協力してくれなかったら、こう上手くはいかなかった」
「俺は何もした覚えはねえが、そんなに俺のことを買ってくれてるなら、お前等に力を貸してやってもいいぜ? 但し、手土産として、五千ゴートよこすってんならな」
五千?
「二万じゃなくて?」
「おたく等も金が無えみたいだしな。一万五千は、トロイの木馬の情報料だ。ゼノビア城を攻略した今となっちゃ、お前等にとってそれ程の価値は無えだろ」
確かに、五千と言っても、1~2ヶ月遊んで暮らせるだけの大金ではある。
「いいわ。五千ゴート払ってあげる。貴方の力を貸してちょうだい」
「おっ、本当に用意してくれたのか?」
「考えておくって言ったでしょ?」
「ワッハッハッハッハ! この俺様が加わりゃ百人力だぜッ!」
相変わらず調子がいいな。
「私はこれから帰るけど?」
「俺は少し、やることがある」
「それじゃ、用事が済んだらゼノビア城へ来るといいわ」
ウェンディはそう言い残して、アンベルグを去った。
ゼノビアに戻ると、ちょうど準備を整えたデボネアが出立するところだった。
「もう行くのね」
「ああ」
「もし貴方さえ良ければ、このままゼノビアに留まってもいいのだけど」
「嬉しい申し出だが、私にはやらねばならないことがある。戦いには負けても、ハイランド騎士の誇りは失っていないつもりだ。主君に対する忠義、領民に対する仁義、朋友に対する信義。三つの義を貫くという誇りが、ハイランド騎士の強さを支えている」
デボネアの言葉には、力強い信念がこもっていた。
「だから、この剣に懸けて誓おう。貴殿の信頼に応えることを」
それが気高き武人たる、デボネアという男なのだ。
ウェンディ達は、僅かな供のみを連れてゼノビアを出ていくデボネアの後ろ姿を見送った。
「彼がエンドラの目を醒ましてくれたら、大陸に平和が戻るのかしら」
誰ともなしに呟いたウェンディに、
「正直、難しいかもしれません」
ウォーレンが答える。
「長年に渡り圧政を続けてきたエンドラが、今更家臣の諫言一つで政を改めるかどうか。デボネアは力尽くでも改革を断行する心積もりでしたが、今エンドラの側近には大魔導師ラシュディも控えています。デボネアのような正攻法を好む男は、魔術師の弄する搦め手に掛かりやすいのも事実です」
そう甘くはないと、思ってはいたが、
「じゃあ、戦いはまだ続くと思っていた方がいいのね」
アッシュにも、悲痛そうな表情が浮かぶ。
命の重みを知るデボネアが、無意味な死を遂げることがないよう、ウェンディは祈った。
ゼノビアで戦後処理にあたるウェンディに、ランスロットが報せを持ってきた。
「このゼノビアの西に位置する小島に、カルロバツという隠れた貿易都市がある。そこに、是非ともウェンディ殿とお会いしたいと申す方がいらっしゃるようだ」
戦後処理といっても、年若いウェンディに優れた実務能力があるわけでもなく、リーダーとして大まかな流れを決めた後は、実質手が空いていたりする。
グリフォンのパラディオに乗って、ウェンディはゼノビアを飛び立った。
西の小島の上空を飛んでいると、意外に早くカルロバツを見つけることができた。ゼノビアのすぐ近くにありながら隠れ都市ということだったが、逆に近いことが幸いしたらしい。
ウェンディは、貿易都市カルロバツを解放した。
「そのお方は、こちらでお待ちしております」
代表に案内された先には、老いた女性が居た。
「私は、ゼノビア家の乳母を務めていた、バーニャと申す者にございます」
そう言うと、老女は深く御辞儀する。
少し老け込んで見えるが、動作のきびきびした様子から、老婆と言うにはまだ若く、50代くらいだと思われる。
「貴方をお呼びしたのは、他でもありません。帝国からゼノビアを解放なさった貴方に、グラン王の忘れ形見、トリスタン王子を探し出して欲しいのです」
「王子? ゼノビア王家の人間は、皆殺されてしまったんじゃないの?」
だからこそ、アッシュは絶望し、ランスロットは主の居ない戦いを続け、ウォーレンが蜂起したのではないのか。
「いえ、トリスタン王子は生きておられます」
バーニャは、ゼノビア王家が滅ぶこととなった顛末を語り出した。
「王陛下崩御の後、貴族議会の専横が始まると、彼等にとって邪魔者となったフローラン王妃とトリスタン王子は、王宮の奥で軟禁状態となりました。ですが、流石に貴族達も、王家に直接手を掛ける罪を犯すのは躊躇われたようです。帝国との戦争が始まるまでは、外に出ることこそできないものの、身の安全は保たれていました」
グラン殺害の罪をアッシュに着せ、自分達は国王の代理として国政を牛耳った貴族達だ。王家と敵対してしまえば、反対陣営、例えば王家直属の戦士団などに、自分等を追討する大義名分を与えることになる。
「しかし、ハイランドの宣戦布告に対し、主戦派と降伏派で貴族達が分裂すると、王妃と王子は一時的に後ろ楯のない不安定な状態になりました。その時、フローラン王妃が失踪なされたのです」
軟禁されていたはずの王妃だが、逃げたのか?
「アプローズです。あの男は、ハイランドが戦争に勝つと見越して、恩を売るために王妃を拉致したのです。ゼノビア王室の血を受け継いでいるフローラン王妃に、三種の神器の在処が託されていることは、王国の中枢にいる者なら皆知っていました。アプローズは、三種の神器を得る鍵として、フローラン王妃をエンドラに献上したのです」
アプローズ。その名は、ポグロムの地で聞いた。無辜の民もろとも、降伏を申し出る同胞を焼き殺した男。そんな男なら、自分が仕える王妃を、出世のための献上品として差し出してもおかしくない。自分以外の人間を、全て道具としか見ていない男。
「王妃が拉致され、王子の身も危ないと知った私は一計を案じました。王子と同じ年頃だった私の息子を替え玉に仕立てると、王子に息子の格好をさせて城から逃がし、ゼノビア王家と遠縁にあるアヴァロン島の大神官の元へお隠ししたのです」
バーニャの機転は見事だ。だが、それだと替え玉となったバーニャの息子は――、
「アプローズは、すぐに王子ではないと気付いたはずです。ですが、奴にとっては王子が本物かどうかなどどうでもよく、ゼノビア王室の嫡子を殺害したと、ハイランドに報告できることが重要だったのです。自ら姿を消した王子が、再び表舞台に現れるとは考えにくいと思ったのでしょう。奴は私の息子を殺し、トリスタン王子を殺したとエンドラに報告すると、領地のあるディアスポラへ戻り、ハイランドへと寝返ったのです」
あまりに酷さに、思わずバーニャの顔を見たが、彼女の顔に悲しみの色は無かった。最早、涙は流し尽くしたのかもしれない。
「血塗られた罪の上に立つ帝国に明日などあるはずなく、いずれ正義を掲げる貴殿方の手で滅ぼされるでしょう。帝国なき後、大陸を治められる御方は、トリスタン王子を於いて他に居りません」
帝国なき後。考えたこともなかった。
そうだ。勝つにせよ、負けるにせよ、戦いはいずれ終わる。問題はその後だ。平和な時代を築くため、悪しき帝国による支配を繰り返さないために、私に何ができるのか。
「それとも、ウェンディ殿がお治めするおつもりか?」
ウェンディの反応の鈍さに、バーニャは訝しみの表情を向ける。
「いいえ、トリスタン王子が御存命なら、新王として殿下以上に相応しい御方はいないわ」
「流石、ウェンディ殿。身分を弁えておいでです。アヴァロン島のトリスタン王子にお会いできたら、この『栄光の鍵』をお渡しください」
ウェンディは、バーニャから「栄光の鍵」を受け取った。
「私が王子を連れて落ち延びる間に、息子は身代わりとなって果てましたが、辛うじて骸を弔うことはできました。これは、息子の亡骸から私が引き取り預かっていた、ゼノビア王位継承者の証です。どうかこの鍵を、正統な持ち主の元へ…」
そうなのだ。息子を王子の身代わりに立てた時、バーニャは母としての自分を殺し、ゼノビア王室乳母としての自分を取ったのだ。そしてそのお陰、彼女の息子が命を捧げたお陰で、栄光の鍵がまだここにある。ゼノビア王室の血が、まだ残されている。
「貴方の息子が繋いだこの鍵、必ず大陸の真の王の手に届けてみせる」
ウェンディはバーニャに約束した。
カルロバツを後にしてゼノビアに戻ってくると、城下一帯で大規模な炊き出しが行われ、スラムの人々に振る舞われている。
ウォーレンの案だろうか。気が利くものだと思って、働いている者達に聞いてみると、
「城下の窮状を見かねたライアン様が、施しをなされているのです」
という答えが返ってきた。
用事とはこのことだったのか。自分を売り付けた金で慈善事業とは、中々粋なことをするじゃないか。後で会ったら、礼の一つでも言ってやろうか。
そのライアンだったが、宮殿の門前で何やら揉め事を起こしていた。
「貴様のような者を入れるわけにはいかん」
ティムがそう言うのも無理はない。ライアンは二頭のドラゴンを連れて、ゼノビア宮殿へ乗り込もうとしていた。
「これは、ウェンディ殿」
ウェンディの姿を認めたティムが挨拶したのを見て、こちらに気付いたライアンは、
「おい、ウェンディからも何か言ってやってくれ。俺は、この軍の一員として認められたんだって。こんなドラゴンを扱える男、そうはいないだろう?」
そうだった。コイツはこういう奴だった。
「さあ、知らないわ。適当に追っ払っておいて」
「おいっ! それはないぜ!」
予想外の言葉に、獣王の異名とは程遠い困惑した表情。
今までの軍には居ないタイプの人間だが、こういうわかりやすい男は、嫌いじゃなかった。
「フフ、冗談よ。彼も軍に加わることになったの。宮殿の中に入れてあげて」
ウェンディの言葉に、ティムは一瞬胡乱な表情をしたが、渋々門を開けた。
「自腹を切らなくても、城下の炊き出しなら私達のお金から出してあげたのに」
宮殿に入るまで、ライアンと並んで歩きながらウェンディは言った
「バカだな、それじゃあ意味が無え。城下の連中には、この俺様の名前を広めてもらわなくちゃいけねえからな。二万あれば住居も作ってやろうと思ったが、今はこれが俺の限界ってとこだろ」
「そうまでして、名声を得たいの?」
「ああ、そうだ。名誉こそ、男が命を懸けるに値するものだ」
宮殿内に入ったウェンディは、皆にライアンを紹介した。
「改めて言わせてもらうぜ。この大陸一の魔獣使い、獣王ライアン様が加わったからには、ウェンディ軍の勝利は約束されたようなもんだ」
相変わらずのこの調子だ。
「魔獣使いっていうのは、ギルバルド殿より自信があるのか?」
元王国魔獣軍のマルコムが、冷やかし半分で声を掛ける。
「オッサンは、魔獣の扱いに長けてんのか?」
ギルバルドを挑発するライアンに、ウェンディが告げる。
「ギルバルドはゼノビア王国魔獣軍団長だったの」
「いっ! なんだよ、そういうことなら早く言ってくれよ。魔獣使いはもう間に合ってたんじゃねえか」
どうやら、軍の皆にもライアンのことが伝わったらしい。
「そして、もう一つ」
ウェンディは重要な事実を告げた。
「トリスタン王子が生きてる」
「なんとっ」
アッシュだけではない。元ゼノビア王国戦士団で構成されたウェンディ軍は、皆一様にざわめいた。
「アプローズの手に掛かる前に、乳母のバーニャが城から連れ出したそうよ」
「それで、殿下は今何処に?」
「アヴァロン島」
「ふむ」
その名を聞いたウォーレンが考え込む。
「先程、私の元に入ってきた情報なのですが、神聖ゼテギネア帝国の皇子ガレスが、アヴァロン島へ入ったそうです。もしや、帝国側もトリスタン殿下の存命を聞きつけ、その御命を狙っているのやも」
「それじゃ」
「ゼノビアを取り返したばかりであり、デボネア殿の進言がどう出るかはわかりませんが、我々はアヴァロン島へ向かうべきかと思います」
ウェンディは頷いた。
ゼノビアの奪還したところで、この都に本来あるべきはずの、王家が存在しなければ意味が無い。
喪われてしまったものは取り戻せないが、今、目の前でそれが奪われようとしているなら、私達の手で必ず守り抜いて見せる。
ウェンディ軍の次なる目的地は、ロシュフォル教の聖地、アヴァロン島と決まった。
宮殿の宝物庫からは、役に立ちそうな「7リーグブーツ」、「ペリダートソード」、「イスケンデルベイ」、「シグムンド」、「バーニングバンド」、「雷鳴のヘルム」を回収した。
帝国に支配されていた各都市との提携、治安維持や交通の整備など、戦後処理にもおおよその目処が立ったところで、今後の話し合いに移る。
「我等はこれより、アヴァロン島へ渡るわけですが」
広間に集められた一同の前で、ウォーレンが切り出した。
「恐らく、アヴァロンを防衛できたとしても、帝国との戦いは続くでしょう。そうなった時、このゼノビアを我が軍の本拠地として、大陸へ進軍していくのが望ましいです。前線への補給を維持し、またそれも含めてこのゼノビア復興を指揮していく部隊を、残していく必要があるかと思われます」
これまでは、ヴォルザーク、シャロームという元々の領地から、前線へ送る物資を賄ってもらった。このままでは補給線が伸びきってしまい、迅速な対応に難が出てくる恐れがある。このゼノビアは、南東から大陸を臨む場所に位置する上、海陸共に交通の要衝であるため、本拠を置く上でこれ以上適した場所はない。
ウォーレンの判断は的確と言えた。ヴォルザークを出発した頃に比べれば、ギルバルド達に加えてアッシュ等も入り、軍の陣容が充実した今、部隊を分割するにはちょうどいいのかもしれない。
「カノープス殿等の機動力、ギルバルド殿、アッシュ殿、ランスロット殿の武力はこの先も必要になるかと思われます」
当然、参謀としてのウォーレンは他に代えられない。
「我等は、ウェンディ殿の傍を離れるつもりはないのだが」
サージェムから付き従ってきたティムとヘクターは、所縁のあるわけでないゼノビアに留まるよりはウェンディを守りたいというのが正直なところだろう。
「我等とて、ランスロット殿と共に行くつもりだ」
大戦以来、ランスロットと苦渋の時を過ごしてきたラーク、ブラッキィにしても、主人を思う気持ちは同じらしい。
「我等も、アッシュ殿のためにこの命は捧げたいと思う」
主人と共に、十年の時を獄中で過ごしてきたラットとカラベルだ。地の果てまで彼等は付いてくるだろう。
「では、俺も」
同じく申し出たアンディに対し、
「いや、ゼノビアの守備は、この都をよく知る者に任せたい。我等を於いて、貴公より相応しい人物は他に居ないだろう。貴公には、ゼノビアの守備隊長を担ってもらえないだろうか」
アッシュ直々に任命され、アンディは辞令を受け取った。
「隊長はアンディ殿にするとして、ヴァルキリーの戦士も欲しいところですな」
「私も、この地の復興に携わりたい」
声を上げたのは、エリーゼだった。ポグロムで多くの同胞を失った彼女だからこそ、人々が笑って暮らせるゼノビアをもう一度見たいという思いが強いのかもしれない。
その後、協議の結果、
「アンディ殿をリーダーとして、テイラー殿、ホィットマン殿、ハドソン殿、ディベルカ殿、マルコム殿、それにヴァルキリーのエリーゼ殿とアイラン殿を残存部隊とします。空輸用にワイアームも一体置いていきましょう」
「ドラゴンも二体連れていくわけにはいかないわ」
「ちぇっ、豪快でいいのに」
ライアンには悪いが、ドラゴンも一体はゼノビア残留で。
ウェンディは、改めてゼノビアを守備する戦士達の顔を見る。皆、頼もしい面構えだ。彼等ならば、大丈夫だろう。それは、これまで共に戦ってきたウェンディが、一番よくわかっている。
「ゼノビアのことは、貴方達に任せる」
戦士達は頷いた。
一方で、アヴァロンへ攻め入る面子の方を見る。
ウェンディ達には、トリスタン王子の救出という使命があり、そのためには、皇子ガレス率いる帝国軍と事を構える必要がある。
ゼノビアの解放は、帝国との戦いの幕開けに過ぎない。ゼテギネア大陸を支配する帝国との戦いは、まだ始まったばかりだ。その戦いを支えてくれるのは、今ここにいる戦士達なのである。
かつての栄光の地、ゼノビアに集った戦士達は、更なる激しい戦いへとその身を晒していく。悪しき法の下、大陸に暗黒を落とす神聖ゼテギネア帝国を打ち倒し、遍く平和と安寧の光を大地にもたらし得る、真の王を求めるために。