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第2部 ゼノビア新生編
ステージ8 聖なる戦い
ゼノビアでの補給を終えたウェンディ軍は、海を渡り内海に浮かぶアヴァロン島へと渡る。
「東の海への出口に位置するアヴァロン島は、太陽の一番初めに射し込む中心の山間部が、天界に最も近い場所とされ、古来より太陽神フィラーハ神の託宣を請ける聖地とされてきました。オウガバトルのその以前より、戦いの中で勇敢さを示した戦士達の魂は、死後このアヴァロンへ辿り着くとされ、来る暗黒の力との最終決戦において、神の御名の下に正義を守るために戦う、その備えに入るのです」
アヴァロンへ向かう船の中で、ウォーレンから島の伝説の説明を受けるウェンディ。
「アヴァロンを聖地とするフィラーハ信仰の宗派も、元は彼等戦士達の魂を鎮めるための祭儀が教典化したものであり、今現在ゼテギネア大陸の正教と言えるロシュフォル教も、その流れを汲むものです。アヴァロン島は、ロシュフォル教の聖地であると同時に、島全体がロシュフォル教を受け容れていると言っていいでしょう。勿論、未だ原始フィラーハ教を守っている島民も居ますが、彼等とて先代、先々代よりロシュフォル教の大神官とは非常に近しい関係にあります」
ロシュフォル教の教主フォーリスは、同時にアヴァロン島の統治者でもあるというわけか。
「だからこそ、トリスタン王子の存在を帝国から隠し通すことができていたわけね」
「当代の大神官フォーリスは若くより敬虔な信徒として知られた女性であり、神の教えが蔑ろにされる混乱の時代にあって、ロシュフォル教会が未だ信仰の門としての形を保っていられるのは、偏に彼女が正義と慈愛の心を説き続けてきたからに他なりません」
力による支配で暗黒の道を推し進める帝国に対し、自らの信義にのみ従い続けてきた大神官フォーリス。ロシュフォル教の教主としてこれ以上相応しい人物はいないだろう。だが、
「正義と慈愛をなによりも尊ぶ大神官。そんな人なら」
「ええ。帝国の意に従うとは思いません。そのフォーリス様を、グラン王を手に掛けたガレスがどう扱うか」
人の命を奪うことを、なんとも思ってない男。フォーリスが高潔な信念を抱き続ければ、いずれ――。
「あまり、時間はないかもしれません」
自然、表情が引き締まるウェンディ。
と、そこへ、
「おい、ウォーレン。もう一度、印の結び方教えてくれるか」
ニンジャの装束をしたライアンがやってくる。
「貴方、獣王様なんじゃなかったの?」
「ギルバルドも居るし、魔獣が少ないのにビーストテイマーやる意味もないだろと思ってな。サムライばっかだから、相性の良いニンジャが居た方がいいだろ」
「拘りとか、あるわけじゃないんだ」
「生き残るのは、変化を受け容れられる奴だ。時代が自分の方向くのを待ってるだけじゃ、人間の短い一生で名を残すことなんてできない」
一通り教わるとライアンは、練習してくると言って去っていった。
「そう言えばカペラと戦った時、忍術は大陸の魔法とは違うって言ってたけど」
ウェンディは、ポグロムで聴いた魔術講義を思い出した。
「魔法は、空気中の精に対し、杖を媒介としながら呪文で誘導をかけることによって、威力を発揮する術式です。魔導の肝は呪文に込める言霊であり、多種多様な呪文を知り、それを如何様に用いれば重き言霊となるかを常に考える。魔術の行使は、知性を限界まで働かせてこそ効果があるものです」
という話を聞いてるだけでも、ウェンディの知性は限界なのだが。
「一方で忍術は、同じ精を導引する方法論ながら、その術式が印の形で記憶されています。己と精を通じることで活性化させて化身を成し、己の一部として精を操るのが忍術です。純化された術式である忍術を行使する際、知性は寧ろ不要。己を空と同じくし、感性のみに因りて行うは、体術の一種という言い方もできるかもしれません」
理解できてるか不安だが、要は頭を空っぽにして感覚的に行使する魔法ってことか。
「知性と感性の違いはあると言え、精への導引は共に高い集中力を要します。魔法の適性がある人間なら集中の仕方を知っているため、忍術においても高い威力を発揮することができます」
ニンジャならば、戦士適性の人間でも魔法が使えるのは有り難い。そう言えば、もう一つ魔法を使う戦士クラスがあったな。
「ヴァルキリーの魔法は、ウィザード型? ニンジャ型?」
「あれは、魔法というより加護に近いもので、女性戦士の制式装備である雷神トールの名が刻まれた槍を持つと、誰彼を問わずライトニングを放つことができるようになるようです。何故女性戦士にだけ加護がもたらされるのか、原理は私にもよくわかりませんが、一説によると好色の男神ザムンザは、ゼテギネアにおけるトール神信仰を習合していると言われています。あるいは、それが関係しているのやも」
女好きだからっていうのは身も蓋もないが、女性全員に加護を授けてくれるとは、太っ腹な神様で良かった。
アヴァロン島へ上陸したウェンディ軍を、一人の男が待ち受けていた。
「貴殿方が、ゼノビアを解放したという」
見たところ、軍人には見えないが。
「貴殿方を待っていました。私はバインゴインの者です。我等は帝国と戦う貴殿方を支持します。バインゴインを解放してあるので、拠点としてお使いください」
ちょうど軍の本拠地が欲しかったところなので、彼の申し出を受けることにする。
バインゴインへ向かう道中、
「彼にトリスタン王子の事を聞いてみるのは?」
ウェンディはウォーレンに確認するが、
「いえ、バインゴインへ着くまで、彼が帝国の手先でないという確証があるわけではありませんし、それよりも、流石に王子の事は一部の者にしか明かされていないでしょう。フォーリス殿にお会いするまで、伏せておいた方が賢明でしょう」
言われてみれば、そうかもしれない。ウェンディは、男から現在の島の情勢を聞き出す。
「帝国はもう、このアヴァロンへ入っているのね?」
「ええ。先日、帝国の皇子、黒騎士ガレスが軍を率いてこの島へやって来ると、ロシュフォル教会を帝国の支配下に組み入れるよう、アムドに居られた大神官のフォーリス様に要求しました」
やはり、ガレスは既にアヴァロンへ来ていたか。
「ロシュフォル教の前身であるフィラーハ教は、この聖域守護を主とする祭祀派と、世俗の争いに関与していく教化派に分裂し、やがて多数派だった後者が戦乱に呑み込まれると、フィラーハ教自体も衰退していきました。その反省から出発したロシュフォル教は、教会の本義を見失わないよう、世俗の権勢からなるべく距離を置き、己自身の内なる信仰に、正義と慈愛の戦いの場を求めることを、その教義としています」
ゼテギネア大陸でフィラーハ教が衰退したのは、今から50年以上前になる大陸擾乱期の混乱が原因だったのか。王子が開祖とされるロシュフォル教の反世俗的という興味深い姿勢も、そう聞くと納得できるものがある。
「それゆえ、法皇を罷免し、教会を否定した神聖ゼテギネア帝国に対しても、敵対はせずに、あくまで中立という姿勢を貫いてきました。ところが、此度の要求。フォーリス様は頑として独立を主張し続け、それは教会の、そしてこのアヴァロンの意志でもあったのですが、服従を拒否するフォーリス様を、ガレスは見せしめとして弑したのです」
ウェンディに衝撃が走る。あまりにもあっさりと、その言葉が発されたから。
従わねば、殺す。自己以外の一切の命に敬意を払わない、帝国の暗黒道がもたらす現実。その非道さが、改めて思い知らされる。
しかも、相手は戦士ではない宗教者だ。その宗教者が示した信仰を、一方的な暴力で否定する。そんなことは、絶対に許してはならない。
「力ずくでこの島と教会を支配したガレスを、神のみに従う教会の僧侶達は認めないでしょう。我等とて、ガレスに従うのは御免です。たとえ命を落とそうとも」
男の顔には、悲壮な覚悟の表情が浮かんでいた。
バインゴインへ到着する。
「ウェンディ殿、どうかガレス奴を倒し、フォーリス様の仇を討ってくだされ」
ウェンディの手を取って懇願する男。ウェンディは、
「わかった。必ず、このアヴァロンをガレスの手から解放してみせる」
男の手を握り返し、力強く答える。
ウェンディの答えを聞くと、男は元来た道を引き返していった。
バインゴインへ入ったウェンディ軍は、アムド攻略の作戦会議に入る。
「ガレスは既にフォーリスを殺し、アムドを占拠していますが、本国からまだ大部隊が送られていない今の内なら、付け入る隙があると思われます」
いつもように、ウォーレンが会議を進行する。
島の南西に位置するバインゴインから見て、アムドは中央の山岳を挟んでちょうど対極の北東部だ。
「アヴァロン島中央部は火山地帯になっており、地上からアムドを目指すなら、沿岸部を大回りしていく必要がありますが」
「俺等が居れば、関係ないな」
声を上げたのは、カノープスだ。
「はい。低空運搬ができるカノープス殿とランカスター殿を配した部隊で、中央の火山帯を進軍。そのままアムドへ直行するのが一番かと」
有翼人の周りに居る人間が彼の羽を身に着けると、ハーネラ神の加護により低空を飛行する能力を得る。だから有翼人の居る部隊は、地形に関係なく進軍することができる。
「問題は、どなたを先鋒にするか。一部は、バインゴインへ残しておく必要もありますから」
「私に先鋒をやらせて欲しい」
前へ進み出たのは、リサリサだった。若く、血気盛んなリサリサは、この頃出撃しても戦闘の機会に恵まれない防衛任務ばかりで、鬱憤が溜まっていたのだろう。
「いいでしょう。リサリサ殿の隊を先鋒として、我等も進軍します」
ヴァルキリー、サムライ、ニンジャで構成されるウェンディ軍は、ガレスの待ち構えるアムドへ向けて、バインゴインを進発した。
島全体が、海から突き出た大きな火山と言っていいアヴァロン島は、陸地の大部分を占める山岳、谷底に海水が入り込んでできた湾、周縁部に所々都市を置く平地で主に構成されている。
ウェンディ軍はリサリサ隊を先頭に、島の中心へ向かって北東に切れ込む湾沿いに進むと、やがて火山地帯へと入っていった。
湾沿岸の荒地も、火山地帯の行軍も、カノープス等がいるおかげでハーネラ神の加護を受けるウェンディ達は、なんなら平野を行くよりも容易に進んでいける。
そうして空中から進行路を見下ろしていたランカスターは、敵軍の動きにいち早く気付いた。
「前方から敵が来てるぞ」
「気付かれたか」
「いや、違うみたいだ」
敵は、こちらを目指してるわけじゃないらしい。
「む、既に交戦中だぞ」
敵兵は、交戦部隊への増援だった。
どういうことだ? 私達以外に、帝国軍と戦っている者が居る?
「どうする? 敵の注意が逸れてる内に進むこともできるが」
私達の目的は、アムドに拠る黒騎士ガレスを倒すこと。先遣部隊とは言え、帝国皇子が擁するということは敵は親衛隊だ。アムドまでの戦力は、できる限り温存したい。だが、
「帝国と戦う人間は、私達の同志よ。見捨てては行けない」
帝国と戦う意志。私達の戦いは、それを守るためにあるのだ。
ウェンディ軍は、今まさに進行中の戦場へ向かう。
見えてきたのは、帝国軍のナイトとニンジャに襲われている、ナイトとマーメイドで構成された部隊。指揮を執っているのは、プリーストか?
芳しくない状況へ、更にドラゴンを連れた帝国のバーサーカー隊が加わる。このままでは厳しいか。
と、見るが早いか、飛び込んでいったリサリサ隊。
動きの速いニンジャを後に回し、重装備のナイトを見事な連係で叩く。
「助太刀する」
プリーストに告げたリサリサは、バーサーカーの隊に向き直る。
躍り掛かった敵前衛バーサーカーの棍棒を、ティムとブラッキィがサムライ装備の長刀で受け止める。と思う間に、ドラゴンからのファイアーブレス。
「ぐっ」
持っていたヒドラの牙に守られたシルフィードは、辛うじてドラゴンの炎を耐えた。
「敵の大振りに注意しつつ、こちらの攻撃を的確に当てろ」
部隊に指示を出しながら、リサリサは敵リーダーと思しきバーサーカーにライトニングを浴びせる。
装備の比重を攻撃に置くサムライは、前衛においてもナイトのような力押しではなく、テクニカルな戦い方が要求される。間合いを制し、敵の呼吸の隙を衝く居合い抜き。
「アバーッ!」
リサリサ隊は、敵部隊を撃破した。
「私はウェンディ。貴方は?」
追い付いたウェンディは、先刻、帝国と戦っていた女性司祭に名乗った。
「私は、大神官フォーリスの娘で、アイーシャと言います」
フォーリスの娘。ということは、
「母君の、仇討ち」
「このアヴァロンで神官を志す者は、16になった年から、異郷の地へ旅に出て、己の心を試す修行を積まねばなりません。私も、二年前より大陸を周遊し、修行に励んでいたところ、悪名高いガレスがアヴァロンへ来たと聞いたのです。その時カストラートに居た私は、マーメイド達の力を借り、急ぎ海を渡って帰ってきたのですが、時既に遅く…」
母親の死に目にも逢えなかった。
「この二年で私が目にしてきたのは、帝国の手によって、大陸中に暗黒が堕とされていく様です。この世界で信仰を失わないことが私の戦いと思い、これまで修行を続けてきましたが、遂に愛する母までも。このまま祈り続けたとて、帝国のある限り、この世に救いは訪れません」
ゼノビアを解放する戦いの中でウェンディも、乱世における祈りがいかに無力かを見てきた。力で以て他者を虐げる存在を相手に、高潔な魂は容易く踏み躙られる。弱き者の怒りは、存在すら認めてもらえない。
「せめてガレスに一矢でも報いねば死にきれぬと、この火山帯の中にある聖地に潜み、機会を窺っていたのですが、発見され戦闘に」
そこでアイーシャは、ウェンディの目を見る。
「この地を解放しに来た貴殿方の軍に、私を入れてもらえないでしょうか。どうか、母の仇を取らせてください」
この娘は、私と同じだ。ウェンディは思った。
巫女であったウェンディの母も、帝国がもたらした荒廃で聖霊の加護が失われる中、必死に祈祷を続け、やがて体を病み、精気を使い果たして死んでいった。島の安寧をのみ願った母が死なねばならなかった理不尽に、その怒りを知らしめるためウェンディは大陸に渡ったのだ。
「いいわ。共にガレスを打ち倒しましょう」
ウェンディ軍は、新たな仲間を迎えることになった。
「しかし、アイーシャ殿が仲間に加わるのは佳しとしても、カッシング殿やマーフィー殿は、先程の戦闘で手傷を負っており、どこかで静養する必要があるかと」
ウォーレンの言うように、アイーシャ隊の戦士達は、直ぐに戦線へ加わるというのは難しそうだ。
「この近くに教会があります。私達は、そこで傷を癒してから合流するので、先行してもらって構いません」
「ふむ。ですが、アイーシャ殿達ばかりを残していくのは、少し心配ですな」
「俺が残ろう」
ギルバルドが声を上げた。
「ギルバルド殿ならば安心です。後はニンジャも居ればいいのですが」
「しゃーねーなあ。俺も残るか」
今度はライアンだ。
「いいでしょう。リサリサ隊、ウェンディ隊はこのまま先行し、進軍してくる敵を押し返します。ギルバルド隊はアイーシャ殿を組み入れた後、追いかけてきてください」
二隊に編成され直す軍を見ながら、ウェンディはある事を思い出す。
「そう言えば、フォーリス殿の娘なら、トリスタン王子の事を知ってるかしら?」
「トリスタン?」
「元ゼノビア王国の王子です。アヴァロン島で匿われていたと聞いたのですが」
アイーシャは、少し考え込む。
「私がまだ幼かった頃、母に引き取られた遠縁の男子が居ました。体が弱いということで、人前に出ることもなく、私ともあまり交流はありませんでしたが、年齢を考えると、彼がトリスタン王子だったのかもしれません」
「その方は、今何処に?」
「私がアヴァロンを出るまでは、アムドに居たはずですが」
ということは、王子も恐らくは…。
一同が沈む間もなく、
「グリフォンだ」
敵はやってくる。
「では」
二隊に別れるウェンディ軍。
リサリサ隊が、グリフォンを引き連れたヴァルキリー隊の迎撃に向かった。ウェンディも後を追う。
王子が無事でいる可能性は、限りなく低いだろう。だがそうだとしても、今は前に進むしかない。たとえ、勝っても失ったものを取り戻すことができない、仇討ちの行軍になろうとも。
「私達は、こんなところで止まるわけにはいかないのよ!」
ウェンディは懐から一枚のカードを抜いた。
「チャリオットッ!」
ウェンディ達の前に、地獄の勇者ロキと目される幻影が浮かび上がると、乗った車ごと敵に突進しながら、手にした鉄槌を振り下ろす。ぶつかる瞬間、ロキは消えたように見えたが、ヴァルキリーとグリフォン達は車に撥ねられたように体勢を崩す。
そこへシルフィード達の攻撃が入り、ヴァルキリー隊を撃破した。
火山帯を抜けると、今度は逆に中央に向かって南西に切れ込む湾沿いに、ウェンディ軍は進軍していく。
と、何かが湾上をこちらに向かってくる。あれは、
「オクトパスです。水上のオクトパスは極めて厄介な敵となります」
目の前に現れたのは、二体の大蛸だった。
「何か弱点はないの?」
「雷撃、もしくは火炎系の攻撃なら有効なダメージを与えられます。リサリサ殿はライトニングを」
「サンダーアローを使ってみるか」
ただのホークマンからバルタンへと進化したランカスターは、掌から雷の矢を放つことができる。
「火炎系武器なら、イスケンデルベイが2本あるだろ」
柄に双頭の鷲があしらわれた剣は、刀身に炎を宿すことで相手に大ダメージを与える。
ティムとブラッキィが装備する間に、戦端が開かれた。
「シルフィード殿はこれを!」
ウォーレンが投げ渡したのは、雷神トールが鍛えたとされるシグムンド。受け取ったシルフィードはその勢いのまま抜刀し、正面のオクトパスに切り付ける。
「ヌヌヴゥーッ!」
と、突然ランカスターがブリザードに襲われる。オクトパスの背後、マーメイドが隠れていたか。
「食らえっ!」
後衛の敵を狙うリサリサのライトニング。マーメイドにも、雷撃は有効だ。
「まだまだっ」
ダメージから立ち直ったランカスターが繰り出す、反撃のサンダーアロー。マーメイドは倒れる。
見ると、オクトパスもティム等によって討たれていた。
歴戦の兵達に、ウォーレンの的確な采配がある。敵がガレス靡下の精鋭だろうと、ウェンディ軍が遅れを取ることはなかった。
太陽が最初に射すアヴァロン島は、日が沈むのも早い。特に、今ウェンディ達のいる島の東側は、西から射し込む夕日が高い山々に遮られるため、先程まで明るかった地が早くも暗黒に覆われている。
進撃を続けるウェンディ軍は、湾を抜けた。もう、オクトパスを連れたマーメイド隊に苦しむこともないだろう。
一息つこうとしたところで、漂う不審な瘴気。
「アンデッドが来る!」
直感的に悟ったウェンディの声と同時に、ルーンアックス、神宿りの剣、神秘のメイスといった神聖武器を用意するウォーレン。
「そこかッ!」
ルーンアックスを受け取ったティムが、ゴーストの気配を感知して斬りかかった。ルーンアックスに触れたゴーストは、一瞬で消滅する。
ブラッキィも神宿りの剣を構えるが、
「攻撃が、当たらねえ」
ほとんど質量を持たないゴーストは、回避能力も高い。その上、夜の闇に紛れたこの時分、瘴気の塊であるゴーストに攻撃を当てるのは、至難の業だ。神聖武器での攻撃なら、当たれば一撃で浄化できるのだが。
「素早い敵なら、俺に任せろ」
有翼人のランカスターが、神秘のメイスをハンマーのように使い、一体のゴーストを倒した。
「どこかに、ゴースト達を使役するゴエティックが居るはずです」
「そいつを倒せれば」
その言葉を聞きながら、シルフィードは刀の柄に手をかけて、腰を落とし、目を閉じる。
「ゴーストに比べれば、気配を読むのは容易い!」
言い終わるや否や、放たれるソニックブーム。その先で上がる悲鳴。
「逃がさない!」
「アバーッ!」
リサリサが追撃のライトニングを放ち、ウェンディ軍はゴエティック隊を撃破した。
「屍霊術師も、ガレスの配下に?」
思わず呟いたウェンディに、
「俺の目を眩まし、グラン陛下を弑し奉ったガレスは、明らかに外法の術を使っていた。その上、あの大魔導師ラシュディと手を組んでいるとなれば、暗黒魔法を心得ていても不思議ではない」
ガレスと見えたことのあるアッシュが答える。
「用心のため、ここからは神聖武器を装備して参りましょう」
ウォーレンがそう指示したのも束の間、次に遭遇したのは、エンジェルを引き連れた部隊だった。
「なんてこと…」
屍霊を使役する一方で、天使を軍勢として派遣する。神の定めた秩序を蔑ろにする、これが帝国のやり方だ。この天使達にしたって、力で無理矢理従わされているに違いない。
「あまり、天使達を殺したくはない」
「幸い、エンジェルの火力はそれ程高くありません。ダメージが落ちる神聖武器でその都度撃退していけば、鏖にせずとも進軍できます」
ウォーレンが提案をする。
「が、回復役であるプリーストは、倒す必要があるでしょう」
仮にも神に仕える身ならば、心から帝国に服しているわけではないだろう。けど、
「戦争なのよね。これは」
サンダーアローを放ち、プリーストを仕留めたランカスターの顔も、決して清々しい顔とは言えなかった。
それでも、いやそれ故に、ウェンディ達は進まねばならないのだ。戦いを望まぬ者の血が流されることのない、平和な時代を築くために。
漸く街路に抜け、アムドの廓を臨める位置まで進軍したウェンディ軍の元へ、
「間に合ったか」
アイーシャを伴って、ギルバルド隊が参陣した。よく見ると、アイーシャの装束が変わっている。
「今必要なのは祈りではなく、仇敵ガレスを打ち倒すための怒り。それに相応しい武装を整えたまでです」
先刻の、聖母然とした静謐さから一転、今アイーシャは、チェリー色のマントを羽織り、ヴァルキリーの槍を携えている。
アイーシャの顔には、自らの本分を捨ててでも母の仇を討つという決意の表情があった。
そう言えば、カッシングやニーナ等、アイーシャが連れていた従者達の姿は見えないが。
「傷はある程度癒えたので本陣に帰らせ、アイーシャだけを連れてきた」
「それでは、ここにいる者達でアムド攻略に参りたいと思います。先陣をリサリサ隊、その後にギルバルド殿と我々で続きます。部隊編成ですが」
ちらと見るブラッキィとランカスターには、少々疲労の色が見える。
「兵の疲労を考え、人員の入れ替えをしたいところではあります」
「俺等は元気が余ってるぞ」
声を上げたのは、ギルバルドと共に来たへクター。
「では、リサリサ隊のブラッキィ殿、ランカスター殿と、ギルバルド隊のへクター殿、エーニャ殿を交替し、改めてリサリサ隊に先陣を切ってもらいましょう」
各々、異論はないと言う風に頷いた。
三部隊となったウェンディ軍は、一路アムドを目指す。
アムドからは、敵の迎撃隊が続々と繰り出してくる。
「おっと」
敵ナイトの攻撃で怯みそうになったへクターに、
「前線の空気に馴れるまで、無理はするな」
進軍の先鋒を支えてきたティムが声を掛ける。
「なに、もう覚えた」
攻撃の後の隙にきっちり手裏剣を捩じ込んで、答えるへクター。
新しく加わった二人も直ぐに順応し、リサリサ隊は帝国軍を危なげ無く撃退していく。
アムドが目前まで迫った頃、
「ウェンディ殿」
ふとランスロットに呼び掛けられて気付くと、暗闇に浮かぶアイーシャの肩は、力が入り過ぎているように見える。
無理もない。これから対面しようというのは、母の仇なのだ。同じく復讐の剣を構えたランスロットだからこそ、アイーシャの気負いに気付いたのだろう。
「アイーシャは、私の隊に入れてもいいかしら?」
本隊であるウェンディ隊ならば、アイーシャ一人が突出することもないはずだ。ウェンディが切り出すと、ギルバルドも意図を理解したようだ。
「こちらも、カノープスの機動力が欲しかったところだ」
「ではここで、再度編成を組み直しましょう」
ウェンディ隊のカノープスと、ギルバルド隊のアイーシャの交替。また、休息を取ったブラッキィとランカスターも元のリサリサ隊へ復帰し、へクターとエーニャをギルバルド隊へ戻す。
「アイーシャ殿にはこれを」
ウォーレンが渡したのは、神秘のメイスだった。元々聖職者のアイーシャには、似合いの武器だ。
「ガレスは、アムドの中心、神殿付近で待ち構えていると思われます。進入した後、一気にガレスの元まで押し寄せましょう」
愈々準備は整った。
太陽神フィラーハの加護を請ける聖地アヴァロンも、今や夜の闇に染まっている。この地に降り立った悪鬼ガレスは、神の助けを求めるのではなく、自分達の力で打ち倒さねばならないのだ。血に染まったこの聖地に、光を取り戻すために。
「必ず、ガレスを討つ!」
ウェンディ軍は、アムドへ突入した。
「…貴様等が、デボネアを破った反乱軍か…」
ウェンディ達の前方、アムド神殿の正面。
夜中の暗闇に目を凝らすと、漆黒の影がぼんやりと浮かび上がる。
「…要塞ゼノビア城をあっさりと落とすとは、なかなかやる…。…ここで貴様等を倒さなければ、後々厄介なことになりそうだ…」
そう言うと、漆黒の影が一歩踏み出す。
「…もっとも、貴様等にこの俺を倒すことはできんよ…。…この、不死身の黒騎士ガレスはなッ!」
そこに現れたのは、フルヘルムの兜で顔まで被った、全身黒の鎧に身を包んだ異形の男。黒騎士ガレスの姿だった。
「これが、ガレス…!」
闇に溶ける黒色の鎧は見た目もそうだが、巫女の心得があるウェンディにはわかる、屍霊のように濃い瘴気を纏っている。おまけに兜から覗く、異様な紅い眼光。
およそ、まともな人間の放つ気配とは思えない。ガレスというのは、人を罷めているのではないか。
また、ガレスと同時に、黒山のような影、ブラックドラゴン二体が姿を現す。帝国の将軍というのは、どうもドラゴンを率いるのが好きらしい。
「間違いない。あれが、神聖ゼテギネア帝国皇子ガレスだ」
ガレスと面識のあるアッシュが、13年前と同じその姿を認める。
「ガレスッ!」
仇敵を目の前にし、遂にその怒りを爆発させたアイーシャが、帝国の皇子の名を絶叫する。
「私は大神官フォーリスの娘、アイーシャ」
紅く光る眼差しが、妖しく窄む。笑っているのか。
「大陸の平和を乱すばかりでなく、愛しい母の命まで…」
「…愚かにも帝国に逆らい続けたフォーリスは、その報いを受けたのだ…。…慈愛も正義も、帝国の力の前にはゴミ同然…。…最期まで神の名を唱え続けていたが、どうやら見捨てられたようだな…」
「おのれッ! 母の仇、取らせてもらうッ!」
「クク…。…お前のような小娘が、俺を倒そうと言うのか? …良かろう、相手をしてやる。神がいかに非力なものか、その身体で思い知るがイイッ!」
「お前の敵は、アイーシャだけじゃない」
ガレスが動く前に、リサリサが先制のライトニングを落とした。
ダメージがないわけではないはずだ。だが、そのままゆっくりと戦斧を構えるガレスは、
「イービルデッド」
ウェンディ軍全体を範囲に収めた、暗黒魔法を行使した。
こ…、これは――。
ラシュディの弟子の一人、カペラが使ったダーククエストと同種の、大量、高濃度の瘴気による精神攻撃。しかも範囲的には、カペラの魔法を上回っている。
直撃を受けたものの、ウェンディはなんとか正気を取り戻す。一度カペラから受けて耐性が付いていなかったら、危なかったかもしれない。
鎧が放つ瘴気は、屍霊術によるものか。ラシュディから暗黒魔法を授けられているかもしれないというアッシュの読みは、正しかったらしい。
はっと振り返ると、一日中戦い通して疲労の大きいリサリサ隊は、精神攻撃による憔悴が著しい。
「後は私達に任せて」
リサリサ隊を退がらせるウェンディ。
「はっ」
経験豊富なギルバルドは早くも態勢を建て直し、ガレスに向けてソニックブームを放った。
が、ガレスは効いた様子がない。外したか。
「おいおい、何やってんだよッ」
ギルバルドを詰りながら、サンダーアローを放ったカノープス。
これには、体勢を崩すガレス。
「鎧は雷を通すか。なら、鵺!」
ライアンの雷遁忍術も、確かに効いているようだ。
が、その勢いを断ち切るように、前衛のブラックドラゴンがへクターに襲い掛かる。
「ぐおぉッ!」
闇の力で強化されたドラゴンの一撃は重く、既にへクターは虫の息と言っていい。
後衛のブラックドラゴンからは、アシッドブレスがエーニャを襲う。
「ぎゃあッ!」
強い。人々を力で支配してきただけのことはある。でも、
「まだよ!」
ガレスが如何に強かろうと、そこにどれ程力の差があろうと、この戦いは、退くわけにはいかない。
アイスレクイエムを放つウェンディ。しかし、
「…その程度の魔力、俺には効かんぞ…」
力不足は如何ともし難い。奴が魔性なら、神聖魔法バニッシュであれば。ウェンディが前衛へ踏み出そうとすると、
「貴様には、借りがあるな」
ガレスに問い掛けたアッシュは柄に手を掛け、腰を落とし、じっと力を溜める体勢。彼は今、呼吸を測っている。
ガレスがアッシュを認めた。
「…貴様は、アッシュか…。…死に損ないめ。騎士なら騎士らしく、ゼノビア王家の後を追え…」
「王家を守れなかった儂に、敵討ちなどという名分はない。だが、一介の剣士として、貴様のことは斬るッ!」
間合いを見切った、完璧な抜刀によるソニックブーム。しかし、
「むっ、手応えが…」
ガレスは変わらず立っている。
「王子を殺したの?」
ウェンディは思わず、尋ねずにはいられなかった。
「…何故、貴様等が奴の事を知ってる…?」
ああ、そんな…。
と、その時、強烈な雷光が辺り一面に弾け、轟音と共にガレスを襲った。
「……ウ、ウゴ……」
一瞬遅れて、アイーシャの放ったライトニングだとわかる。神官修行の身にあったアイーシャの集中力は、魔法の威力として存分に寄与していた。
「母が殺されたのは、お前に屈しなかったからだ。それこそ、母の正義と慈愛がお前の力に克った、何よりの証だ。神を信じる心が如何に強靭な力を生むか、お前の身体に思い知らせてくれるッ!」
アイーシャは、再び雷撃のエンチャントに入る。彼女なら、やってくれる。ウェンディ軍の意思が一つになる。
体勢を建て直したガレスが、アイーシャの魔法を阻止しようと動く。先程魔術の行使に利用した身の丈程の戦斧を、今度は物理武器として大振りに振り回し、唸りを上げて襲い掛かる。
「ぎぃっ」
ウォーレンが間に入り、アイーシャが攻撃を受けるのを防いだ。その手に握られていたのは、持ち主の魔力を吸って強度を上げるマラカイトソード。ウォーレンの魔力に反応して高硬度となったこの氷結剣が無ければ、危なかったかもしれない。
強い。人々を力で支配してきただけのことはある。だが、
「ここは通さんッ!」
ブラックドラゴンの攻撃は、ランスロットが受け止めている。何かを守る時の彼は、この上なく頼りになる。そしてそれは、ウェンディ軍の全員に言えることだ。
アイーシャの詠唱に応じて、槍と共に携えている神秘のメイスが、聖なる光で彼女の身を包む。
「回る焔の剣を操る、轟の空を統べる豪勇の神よ。その恩恵の一つたる戦乙女の槍を以て、邪悪なる意思を打ち砕く力を我に授け賜へ。稲妻を司る雷神トールの名の下に」
アイーシャの頭上を中心に、精気を含む灰色の雲が発生したかと思うと、周囲の精気を呑み込んでみるみる成長し、瞬く間に辺り一帯を覆い尽くさんばかりとなった。
「雷よ…撃ち轟けッ!」
アイーシャの叫びに呼応するように、上空の雷雲でエネルギーが充填されるのがわかる。
瞬間、大地を穿つ程の勢いで、ガレスに向かって光の束が殺到すると、炸裂して爆音を響かせた。
一面を煌々と照らした閃光が消えると、そこにあったのは、漆黒の鎧が砕かれたガレスの――、
「…ッ!」
砕けた鎧。その中身は、何もなかった。ただ空虚な暗闇が、こちらを覗いていた。
「………オオ…、…俺が…、…負けるというのか………」
何もない場所から、声が聞こえる。いや、声を出しているのは、鎧そのものか。
「………この俺が負けるなど…、…そんなバカなことが、あってたまるか………。………この俺の手で…、…らず…、…必ず貴様等を…、…地獄へ…送っ…や………」
フルヘルムの紅い眼光が消え、鎧はその場に崩れ落ちた。
終わった…のか。
聖地アヴァロンを侵した悪鬼、その影を宿した漆黒の鎧は、神の怒りの如き雷により破壊された。
血に染まった聖地は今、黒騎士ガレスの手から解放されたが、勝利したはずのウェンディ達の心に、言いようのない不安が翳を落とした。
ガレスを倒したウェンディ達は、ひとまずアムドに腰を据え、アヴァロン島の戦後処理に当たっていた。
住民の殆どが宗教者であるこの島は、ガレスの侵攻にあって、防衛力こそないものの無用な血が流れることもなく、一部の神官達を除いて生き残った者も数多い。
「これなら、そう遠くない日に、元のアヴァロンの姿を回復することでしょう」
ウェンディと共にアムドの街を見て回っていた神官長は、闇が去った真昼の太陽の下でそう言った。
戦火を避けることで、彼等はアヴァロン復興の火種を残した。これが、彼等なりの戦いなのだ。ウェンディには、そう思われた。
それにしても…。
ウェンディには、気に掛かることが二つあった。
「ガレスのあの姿。あれは…」
ウェンディ達が倒したのは、空っぽの鎧だった。しかし、その鎧はガレスと名乗り、戦斧を振るって魔法を唱えたのだ。
「屍霊術は、ああいうことも可能なの?」
ウェンディは、傍らに控えているウォーレンに尋ねる。
「霊体を物質に定着させる術はないわけではありませんが、生霊を元の生体とかけ離れた物質に定着させるのは、霊自身の本質を失いかねないため、邪法とされています。生来の魔術師でないガレスはそれを理解していないのか、あるいは力と引き換えに文字通り魂を売ったのか」
瘴気を纏った漆黒の鎧、フルヘルムから覗く紅い眼光を思い出す。確かにあの鎧が発していた気配は、人間のものではなかった。あれではまるで――、
「全身を真っ黒な鎧で包んだ邪悪な姿、私には伝説のオウガかに見えました」
襲来時、ガレスの姿を見ていた神官長は、恐ろしさに身も縮むばかりと声を震わす。
「オウガとは、太古に地上の覇権を懸けて人間と争った、ゼテギネア神話に登場する悪鬼です。光より闇を、慈愛や正義よりも暴力と戦争を好む輩と言われています」
ウォーレンが、ゼテギネアに明るくないウェンディに、オウガの伝説を補足する。
「勿論、オウガなるものがこの世に実在するものなのか、私にはわかりません。しかし、目には見えなくとも、神や魔神は人の心の中に存在します。ですから、魔神の僕たるオウガもまた、心の有り様としては存在します。オウガとは、心を売り渡し悪魔に堕した人間なのではないか、と私は思うのです」
神官長の考えが正しければ、人の身体を捨て、暗黒の力の虜となったガレスは、正しくオウガと呼ぶに相応しいかもしれない。
「ウェンディ殿はお出でですか?」
一人の男が、ウェンディの元を訪ねてくる。
「私がウェンディだけど、何か用?」
「ウェンディ殿に、折り入ってお頼みしたいことが」
男の表情が、用向きの切実さを物語っている。
「私にできることなら、協力させてもらうわ」
「実は、トリスタン王子に関することなのです」
「トリスタン王子…!」
これが気掛かりの二つ目だ。アムドに転がっていた亡骸を改めてみても、それらしきものは存在しなかった。かと言って、殺されなかった保証などないのだが、信じたかったのだ。アムドを脱出し、どこかの町に隠れて――、
「帝国軍が向かっていると知ったフォーリス様は、旧知の仲であったボーグナイン様を恃み、このアヴァロンから我等の舟で、トリスタン王子を落ち延びさせました」
アヴァロンにはもう居なかったのか。しかし、
「それで、王子は今どこに?」
「実は王子は、父君を弑した帝国に復讐する機会を虎視眈々と待っておられました。貴殿方との戦いで帝国が動揺している今が好機と、トリスタン王子は解放されたゼノビアではなく、ボーグナイン様の住むディアスポラへと向かわれたのです」
なんと、未だ帝国領であるディアスポラへ。
「血気を起こしたトリスタン王子が帝国の餌食となる前に、どうか貴殿方の手で、王子を保護してくださりませんか!」
言われるまでもない。
「私達は、そのためにアヴァロンへ来たのよ。王子がまだ生きているならば、必ず私達の手で守ってみせる」
ウェンディは、力強い言葉で男に約束した。
大方の戦後処理に片が付くと、後のことをアイーシャに任せて、ウェンディ軍は今後の作戦会議に入る。
「トリスタン王子が、ディアスポラに…」
ウェンディが知り得た情報を伝えると、アッシュ以下ウェンディ軍の戦士達も、安堵と動揺の入り混じった表情を見せる。
「つきましては、このアヴァロンから大陸に渡るに、北のカストラート海へ向かう航路と、西のディアスポラへ向かう航路があるのですが」
ウォーレンが一応の確認を取る。
「ディアスポラへ向かう。みんなも、それでいいかしら?」
一同は、異論なしというように頷いた。
そこへ、元のプリースト姿に戻ったアイーシャが訪れる。
「やっぱり、貴女にはそっちの方が似合うわ」
マントを翻して槍を構えるアイーシャも勇ましかったが、同じチェリー色の装束でも、法衣に身を包み、杖を携える彼女は、若くして聖母の佇まいであり、こちらの方が彼女の本分なのだと実感する。
「これらは、教会からのせめてもの支援です。受け取ってください」
アイーシャはソウルコール、光の囁き、体の源、勇者の欠片、神宿りの剣、コールドシールド、雷獣の楯を渡しに来てくれたのだった。
「ありがたく、頂戴させてもらうわ」
「それに、もう一つ。この先の戦いに、私も連れていってください」
それは少し意外だった。
「貴女には、この島でやることがあるんじゃなくって? それも、立派な戦いだと思うけど」
アイーシャは静かに首を振る。
「今でも、神への祈りに勝るものがあるとは思っていません。それでも、帝国がある限り、この地上の信仰は脅かされ続けるのです。私は、神への信仰を、その意志が生きるこの島を守るために、帝国を討たんと欲するのです」
ウェンディには、彼女の意思を止めることはできなかった。何故ならば、ウェンディが戦いを決意したのも、正しく同じ理由からだったのだから。
「それじゃあ、こちらからもお願いするわ。安国寺をもたらす帝国を倒し、この大地に再び神の光を取り戻すため、是非貴女の力を貸してちょうだい」
アイーシャは、腰を屈めてその言葉を請けた。
「謹んで」
ロシュフォル教の若き聖母を迎えて、ウェンディ軍は帝国打倒の決意を新たにする。この戦いは、単に悪逆非道の徒を討ち取るだけに止まらない。神への祈りを蔑ろにする暗黒の教えを除き、大陸に新たな秩序を築くための戦いなのだ。
そのためにもウェンディ達は、新たな秩序の中心となるべき王トリスタンを求め、帝国領ディアスポラへ向かう。ディアスポラで待ち受ける敵が如何なる相手だろうと、神へを信じる心を忘れない限り、ウェンディ達の戦いは祝福されるであろう。このアヴァロンにおける、悪鬼と化した黒騎士ガレスとの戦いで、聖なる怒りがその影を祓ったように。