ウェンディ、ゼンダに立つ 『伝説のオウガバトル』攻略日誌その10 リプレイ編

 

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第2部 ゼノビア新生編

ステージ10 人魚の海

「そろそろ、カストラートに入ったようです」

 アヴァロンから海路を北上してきたウェンディ軍に、次の目的地であるカストラート海域に進入したことをアイーシャが告げる。

カストラートは、島じゃないの?」

 アヴァロンの時はアヴァロン島そのものが目的地だったが、今のところ、前方にそれらしき島は見えない。

「一応、トンガレバ山を中心とした陸地が本島とは呼ばれていますが、それもごく小さな島にすぎません」

「ちょうど、ウェンディ殿の故郷と同じくらいでしょう」

 アイーシャの説明を、ウォーレンが補足する。

 ゼテギネア大陸の外海域に接する小島、サージェムの出身であるウェンディは、地元の人間なら全員と顔見知りと言っていい。そこと同じと言えば、カストラート本島の大きさも推し量られる。

「その他には、村一つがやっと成り立つ程の大きさしかない島々が幾つも存在します。一般的には、それら島嶼部が存在する海域全体を指して使われるのが、カストラートという名前です」

「陸地より海の方が多いってわけね」

 だから、ここはもう目的地のカストラート海と。納得。

「ええ。ですが、そのことで少し困ったこともあるのです」

「困ったこと?」

「それに関しては、私が説明しましょう」

 険しい顔のアイーシャに、ノルンがその説明を引き継いだ。

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「元来、このカストラート域に住む人間は僅かばかりで、その大半を占める海洋は人魚達の領分でした。しかし、ドヌーブ王国が建国された五王国統治の時代より、海域の西側から入植が進み、加えて帆船技術の向上も相俟って、増えすぎた人間が沿岸部から人魚達を追い始めたのです」

 島に住む人間にとっての糧は、魚の漁獲と海洋交易であるが、それは人魚にとっても同じ。生活圏がかち合った所に許容量以上の生活者が集住すれば、それらの奪い合いが起きるは必然だ。

「身体の頑丈さで勝る人間に、人魚達は徐々に生活圏を追われていきましたが、だけに留まらず、食糧難を解決するため、この地の人間には人魚を食べる習慣が広まったのです」

「まさか…」

 サージェム近海には人魚が生息しておらず、島から出ることなく育ったウェンディは、ゼテギネア大陸へ渡って初めてマーメイドを目にしたのだが、彼等の姿、特に上半身は人間とさして変わらない。その肉を食うとは…。

「その習慣と平行して、この地には人魚の肉を食べると不老不死になるという伝説が語られるようになりました」

「おいおい、本当かよ」

 傍耳に聞いていたライアンが、あまりに突飛な内容に思わず声を上げる。

「真偽の程はわかりませんが、少なくとも私は、不老不死を得たという者に会ったことがありません」

「人の知性は、目の前の現象に説明を付けようとするものです」

 諭すようなウォーレンの言葉。

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「元々の慣習から外れており、捕獲の困難な人魚をわざわざ食す理由に、同じく非現実的な伝承を結び付けたのでしょう。人魚を生物から霊薬に置き換えることで、殺して食らう行為そもそもの是非から目を眩ます効果もあります」

「そんな…」

 それではまるで、殺すことありきで理由を後付けているだけではないか。そうまでして、人魚を殺したいって言うの?

「強固な意思によって、本来的な原理を超えて行動する。それは、人間だけが持つ尊ぶべき能力です。正義の心によって恐怖を克服し、悪に立ち向かう姿などは、その最たるものと言っていいでしょう。しかし時に、理性は感情の奴隷へと堕し、おぞましき行為を人に許してしまうのです」

 初めは領土問題であったものが、一度相手を憎しと思ってしまえば、人道に悖る行為にも平気で手を染めてしまう。なぜなら、相手は“人”でないのだから。人間の良識の脆さに、ウェンディは戦慄する。

「そうして虐げられてきた人魚達は、13年前の大戦を機に蜂起し、帝国の統治下に入っても度々反乱を起こして、カストラートに住む人々と長い間紛争状態にあります」

「じゃあ、帝国だけじゃなく、人魚さん達とも戦わなくちゃいけないの?」

 デネブが言うように、人魚達がカストラートの人間と敵対しているなら、我々のことも攻撃してくるかもしれない。

「ポルキュスに率いられた一団は、あくまで人間を滅ぼそうという意思ですが、人に友好的な人魚も勿論います」

 そう答えたのは、マーメイドのケイトだ。アヴァロン島が帝国の侵攻を受けた際、彼女はアイーシャカストラートからアヴァロンまで送り届けてくれ、そのままウェンディ軍に参加したのだった。

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「ともかく、帝国軍を追い出さなきゃ、始まらないわね。できれば、人魚達とは争いたくない。敵が居なくなった後で、人魚達とは改めて和解の道を探りましょう」

 ウェンディ軍では、人間も人魚も共に信頼して手を取り合っている。この海の人魚達とも、同じ関係を築けるはずだ。

 この時のウェンディは、まだ、そう思っていた。

 

 カストラート海域に入って幾ばくか進んだ頃、

「この先にあるファニングの領主とは、少し伝手があります。我等に拠点を提供してもらえないか、交渉してみましょう」

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 ケイト共に軍に加入した同じマーメイドのニーナが、カストラートの出身者ということで交渉役を買って出、先行してファニングに入る。

 交渉は無事済んだようで、ニーナはファニングの領主と共に、ウェンディ軍を砦へ招き入れた。

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「この地の帝国軍について、教えてもらえないかしら」

 ウェンディに尋ねられた領主の返答は、驚くべきものだった。

「この地を支配する帝国軍を率いているのは、人魚ポルキュスです」

「えっ、だってポルキュスは、帝国に反乱を起こしてたんでしょ?」

 領主は、首を横に振る。

「正確には、カストラート海を支配していた人間達にです。ポルキュス達にとって、このカストラート海を人間から奪還することが何よりも大事であり、その他は、大陸を支配するのが誰であろうが、関係がないのです。帝国はポルキュス等に対し、帝国軍へ入るよう要請し、引き換えにカストラート海の支配権を約束しました。今、彼女は本島のパルミラで、貴殿方を倒すべく待ち構えています」

「でも…」

 カストラートは元々、彼女等人魚の海だと言う。ポルキュスがこの場所を欲するのは、必然だろう。しかし、帝国の支配に入ってでも、それを実現しようというのか。

「ポルキュスにとっては、帝国の支配が続いた方が幸せだと言うの?」

「あるいは、そうなのかもしれません」

 思わず、黙り込んでしまう。

「ウェンディ様」

 口を開いたのは、アイーシャだった。

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「同情すべき身の上だったとしても、帝国の掲げる力の論理を肯定してしまった時点で、彼女は我等にとって敵です。人間に罪がないとは思いません。ですが、力によって実現した人魚の国を、神は御認めにならないでしょう」

「それに、帝国に属していても、彼女の願いが真に叶うことはないでしょう」

 元は帝国法皇の地位にあったノルンも続ける。

「帝国の力を借りる限り、ポルキュスは帝国の干渉を受け続けることになり、結果的に人間に服従していることに他なりません。現在、我々を抑える戦力を欲している帝国は、ポルキュスと協力しているようですが、利害がかち合えばそれまで。帝国がどのような手に出るかは、アヴァロンの悲劇を見れば明らかです」

 大陸を征服した帝国に対し、中立的な態度を取ることでその存在を許されてきたロシュフォル教会だったが、帝国による教会の完全支配を拒んだ大神官フォーリスは、躊躇なく殺されてしまった。神官修行のため故郷を離れていたアイーシャは、帝国侵攻の報を受け急ぎ帰参したが、彼女がアヴァロンへ着いたのは、既にその母親が弑された後だった。

「それでも…」

 ウェンディは諦めきれていなかった。

「ポルキュスに直接会って、できれば戦わずに収めたい」

「ふむ。いずれにしろ、パルミラへ向けて進軍することに、変わりありませんな。その後は、ポルキュスの出方次第ということで」

 ウェンディが頷いたのを確認し、ウォーレンは軍議に移った。

「説得を試みるとなれば、徒に戦闘を長引かせない方が良いでしょう。このファニングから、カノープス殿、ランカスター殿の力を借りた飛行部隊で、真っ直ぐ本島のパルミラを目指します。先鋒は、アッシュ殿に務めてもらいましょう」

「うむ」

「では、アッシュ隊に、パルミラ城までの血路を開いてもらいます。残りの兵は、ファニングを防衛しつつ、待機しておいてください。留守居の指揮は、ノルン殿にお願いしても宜しいでしょうか」

「わかりました」

 ウォーレンの指示で、ウェンディ等は出撃準備に入った。ニーナとケイトに出撃命令が出ていないのは、ウォーレンの心配りだろうか。

 ポルキュスがカストラートの人間を恨んでいるというのは、当然だろう。曲がりなりにも、この海の主となっている今の状況は、彼女がやっと手にすることのできた悲願なのかもしれない。

 だが、それが帝国の手によるものであるならば、彼女があくまで帝国に与するというならば、大陸の解放を願うウェンディ等は、刃を交えねばならないだろう。

 ウェンディ軍は、人魚ポルキュスが拠るパルミラ城を目指して、ファニングを進発した。

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 パルミラは、ファニングから見て北東の方向にある。

 ファニングのある島から北東に向かって海上を進むと、すぐに本島南西端の教会が見えてきた。

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 そのまま上陸し、北東に伸びる街道に沿って進んでいくと、トンガレバ山にぶつかる。街道はトンガレバ山を迂回するように走っているが、元から低空移動に編成してあるウェンディ軍は、構わずトンガレバ山上空を飛び越えて、パルミラまでの進路を北西方向に直進していく。

 この間、帝国軍と遭遇することはなかった。

「やけに静かだな」

 ランカスターが口にすると、

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「マーメイドが主体のポルキュス軍は、おそらく島を迂回し海路よりファニングへ向かっているのでしょう」

 ウォーレンが推測を述べる。だから、敵の姿が無かったのか。

「てことは――」

「ファニングとパルミラ間の最短経路は、本島を縦断するこの進路です。敵の迎撃に手こずらない限り、敵の主力がファニングへ着くより、低空を移動する我が軍がパルミラ城を攻略する方が早いでしょう」

 このまま進んでいけば、問題ないってことか。

「っと、噂をすれば何とやらだ」

 前方に、二体のオクトパスを連れたバルタン隊の影が見え、アッシュ隊が迎撃に向かった。

 アヴァロンでは脅威だったオクトパスや、ディアスポラでは苦戦したバルタンだが、それぞれの戦いを経たウェンディ軍は、今やそれらを倒す力を身に付けている。

 ランスロットやアッシュが前衛のオクトパスを抑える間に、ランカスターとデネブが後衛のバルタンを仕留める。

「なにっ、何処から!」

 背後から、ヴァルキリー二人を伴ったプリースト隊が現れた。回復役であるプリーストは、早めに倒さねばいつまでも敵を倒しきることができない。

 素早さに秀でた有翼人のランカスターが、プリーストを仕留める。

「ぐッ!」

 残ったヴァルキリーのライトニングが、ランスロットを撃った。

「大丈夫か!」

「ああ、問題ない」

 ランスロットの胸には「雷のオーブ」が輝いていた。持ち主に雷の加護を付与する宝珠のおかげで、ランスロットのダメージは軽微で済んだようだ。

 アイーシャがヒーリングを唱え、ランスロットの傷を回復していると、

「どうやら、捕まっちまったみてえだ」

 気付くと、目の前にジャイアントが立ちはだかっていた。

 戦闘態勢を取ったアッシュ隊は、突然、炎の壁に包まれる。

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「隠れても無駄よ♥️」

 炎をものともしなかったデネブが、ジャイアントの背後にいたゴエティックに、強烈な雷撃を浴びせる。

 危機を脱したアッシュ隊は、ジャイアントに集中砲火を浴びせて撃破する。

 その後も幾度か敵を撃退し、ウェンディ軍はパルミラ城の手前まで迫った。

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 改めて装備の確認をする一同に、ウォーレンが告げた。

「ポルキュスが拘っているのは、あくまでカストラート海の問題のはずです。我等の目的は、大陸を支配する帝国の打倒ゆえ、場合によっては戦わずに済むかもしれません。戦闘の前に投降を呼び掛けてみますが、交渉が決裂した場合は、宜しくお願いします」

 ポルキュスの身上には、同情の余地がある。自分達の棲家を追われた上、理不尽な暴力に曝され続けてきたのだ。人間を信用できないというのも必定だろう。

 だが、彼女が憎んでいる人間も、今やこのカストラート海に住まう者達なのだ。帝国の力を背景にした彼女がやろうとしていることは、かつてこの海の人魚達が人間から受けた仕打ちと変わらない。

 それを止めるため、ウェンディはここまで戦ってきた。ウェンディの戦う理由、この地に明日の光をもたらすため、ポルキュスには帝国と手を切ってもらう。

 ウェンディ達は、人魚の海の女王が待ち受けるパルミラ城へ突入した。

 

 パルミラ城へ侵入したウェンディ達の目に映ったのは、見たこともない程大きな人工池だった。石で固められたその池の大きさは、優に家一つ分はあり、屋内に存在するには不釣り合いな印象を受けた。

 と、その池から人が次々に上がってくる。否、上がってくるのは、人の上半身を持ちながら、下半身は泳ぐためのそれである、人魚達であった。

 五人の人魚達が居並んだ、その中央。皆、頭に着けている中でも、一際立派な珊瑚の兜の人魚が、ウェンディ達に向かって叫んだ。

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「貴方達は、何故私達の邪魔をするの?」

 人魚達のリーダー格。彼女がポルキュスか。

「私達の敵は貴女じゃない。帝国よ」

 ウェンディは答えるも、

「私達の理想を叶えるには、帝国の力に頼るしかない。帝国を倒すというなら、貴方も私達の敵よ」

 敵意を剥き出しにするポルキュス。

「理想…?」

「エンドラは約束してくれた。帝国の味方をすれば、マーメイドが安心して暮らせる世界を作るって」

 マーメイド達がポルキュスの周囲を取り巻き、臨戦態勢を取った。

「私達の理想を、貴方達反乱軍なんかに邪魔されてたまるものですかッ!」

「聞かれよ」

 一歩前に出たアッシュが、ポルキュスに呼び掛けた。

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「今の帝国のやり方では、かつてグラン王が君臨した時代のような栄光は築けぬ。力による支配は、より大きな憎悪を生み、闘争の時代を招くだけだ」

 その言葉を聞いて、ポルキュスの怒りは更に燃え上がる。

「グラン王が、何をしてくれたというの! 気が遠くなる程の長い間、私達は迫害を受け続けてきた。人間に繁栄をもたらしたグラン王も、私達のためには何もしてくれなかったじゃないッ! エンドラだけが、私達を顧みてくれたのよ」

「むぅ」

 五王国統治の時代、カストラート海はドヌーブ王国の領域だった。カストラート海の統治に問題があったとしても、ドヌーブ側からの要請がない以上、ゼノビア王国が介入することは内政干渉に当たり、五国間の平和維持協定に違反するとして忌避されたのだ。

 今度はギルバルドが進み出た。

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「仲間を守りたいという、貴公の気持ちはわかる。帝国に従えば、一時の安寧は得られるだろう。だが、本当にそれが、貴公等の成し得たかった理想なのか? 帝国だって、貴公等を迫害してきた人間達のはずだ。仇敵の手を借りて願いを叶え、あまつさえ、その仇のために戦う今の貴公、死んでいった者達に顔向けができるのか?」

 ウェンディと出会う迄のギルバルドも、故郷シャロームを守るため、ゼノビアの同輩を裏切って帝国に与し、その葛藤に苦しみ続けてきた。そのギルバルドだからこそ出た、ポルキュスの立場に寄り添う言葉だった。が、

「人間なんかに、私達の気持ちがわかるものですかッ! 私達が今まで、どれ程の血を流してきたと思う? 私達は、どんな手を使ってでも、今の地位を守り抜く。それが、犠牲になった者達に対する手向けなのよ!」

 ポルキュスは、構えた三叉の槍を中心に、魔力を集中させる。魔力の流れは、やがて冷気の渦となり、氷の粒を孕む。見れば、ポルキュスの背後、池の表面が凍り始める。

「アイスストーム!」

 ポルキュスが槍を突き出すと共に、巻き起こった吹雪がアッシュ隊に襲い掛かった。

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「ッ! 聞く耳持たねぇってんなら、こっちも黙っちゃねえぞ!」

 氷の嵐から逸早く立ち直ったカノープスとランカスターが、後衛から続けざまにサンダーアローを放つ。

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「いやあぁッ!」

 雷の矢に射抜かれたポルキュスは、思わず手に持った槍を取り落とす。

「まだだ。雷遁、鵺!」

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 ライアンが結んだ印に呼応して、現れた雷獣がポルキュスに食らい付く。

「――ッ!」

 倒れかけたポルキュスだったが、一度落とした槍を再び手にし、立ち上がる。

「もう勝負は決したわ。お願い、戦うのを止めて」

 しかし、ウェンディの言葉は、ポルキュスの耳には届かない。

「…憎い。力を持つ、お前達が」

「その力の時代を終わらせるために、私達は戦ってるの。私達が必ず、貴女達の理想を叶える。力に虐げられた人間の涙を止めてみせる」

「人間の言葉など、信じられるかッ! 涙など涸れ尽くした! 流れた血と涙が、力に縋る道を選ばせた! 人魚の声は、人間には届かない! 同胞の命を弄んできたお前等が、私達の痛みをわかるはずがないッ! 貴様等人間を駆逐して、私達は安住の地を手に入れる!」

 渾身の力を振り絞って、ポルキュスが再び、アイスストームを放つ。

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「くっ」

 ポルキュスの戦意は衰えないか。ウェンディは、反撃のアイスレイクイエムを唱える。も、

「やはりか」

 人間より体温の低い人魚に、氷結系の魔法は効果が薄い。ならば、

「バニッシュの聖なる光では、人魚を害することができません」

 前に出ようとしたウェンディを、アイーシャが止める。魔法は効かない。じゃあ、どうすれば彼女を――。

「ちょっと、おイタが過ぎるんじゃないかしら」

 ウェンディの隣、ヴァルキリー姿のデネブが、勢いよく旋回させた槍に魔力を込めると、振り下ろすと同時に放たれた魔力が空気を震撼させ、それは強烈な雷となってポルキュスを撃った。

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「ぎゃぁああッ!」

 元は魔女として名高いデネブの魔力は、桁違いだった。ヴァルキリーとして放ったライトニングは、ポルキュスの体に致命的な一撃を浴びせた。しかし、

「そんな…、まだ戦うつもりなの…?」

 綺麗な瑠璃色に耀いた鱗はその半分以上が剥げ落ち、上半身の皮膚は無惨にも赤く焼け爛れ、槍を持つ手が絶え間無く震えて、構えることすら儘ならない。それでも、その眼光からは、未だ敵意が消え去らない。

 泪の涸れたポルキュスの頬を、紅い筋が伝い落ちる。

「…嫌…。…もう、…あの時代には…、二度と…、…戻りたくない…!」

 呆然とするウェンディ目掛けて、瀕死の主人のため一矢報いんと、マーメイド達が襲い掛かった。

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「ウェンディ殿!」

 危急を察したランスロットが間に入り、前衛で受け止める。非力な彼女達では、歴戦の雄であるランスロットの防御を突き崩すことはできない。

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「しかし、受けてばかりいても、埒が開かないぞ」

「もう一発お見舞いしなきゃ、わからないみたい――」

 ライトニングの準備をしたデネブを、ウェンディが手で制する。これは、私の役目だ。

 ポルキュスはおそらく、命が尽きるまで戦いを止めないだろう。

 これを使えば、彼女は助からないかもしれない。それでも、逃げ続けるわけにはいかない。彼女の苦しみを、終わらせてあげたい。

 ウェンディは、懐から一枚のタロットを取り出した。

「ハーミット!」

 掲げられたカードが光の粒となって消えると、何処からともなく、紫のローブに杖を携えた隠者、古の賢者マーリンの巨大な幻影が浮かび上がっていた。

 幻影の杖が振られた。途端、轟音を響かせて、雷の竜が人魚達に喰らい付いた。雷撃は、盾になろうとした前衛のマーメイドを貫いて、ポルキュスの体を、その身に溜め込んだ憎悪を焼き焦がした。

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「ああああッ!」

 遂に倒れ伏すポルキュス。まだ辛うじて動けるマーメイド達が駆け寄り、彼女達の女王を抱き起こす。

「……人魚が…、…脅か…されずに…、…生きて…ける…国を…!」

 人魚のための国を夢見た女王は、彼女の理想と共に、カストラートの泡沫と消えた。

 

 帝国軍を追放し、カストラート海の統治は、ポルキュス配下の人魚からウェンディ軍の人員へ、順次移行しつつあった。

 事務的な手続きに、ウェンディは関われることがないので、城下で一人、海を見ていた。

「人魚を食ったから、何だってんだよ。人間を食ったんじゃねえんだぜ」

「所詮、人間と人魚の共存なんて無理なんだよ。理想は理想。現実は違うんだ」

 背後を行く人々の声。ポルキュスが居なくなり、抑圧されてきた人々の声が漏れる。

 ウェンディ達に向かってきた、鬼気迫るポルキュスの瞳。彼女がもう少し話を聞いてくれたら。ポルキュスを討ったウェンディは、そう思っていた。だが、

「よくぞ、ポルキュスを討ってくださいました。我等人間が、人魚に支配されて生きるなんて、真っ平ですからね」

 解放後に会いに来たパルミラの首長の言葉に、ウェンディは現実が甘くないことを悟ったのだった。

「こんな所に居たのか」

 ウェンディに声を掛けたのは、ライアンだった。

「なんだか、居づらくて」

「俺もお前も、実務にはとんと疎いからな」

 一緒にされた。まあでも、事実だしな。

「ポルキュスのことか?」

「…うん」

 ウェンディは、海を見たまま答えた。

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「戦いを挑んだ以上、奴も死を覚悟していたはずだ。奴は、奴自身の理想を懸けて戦い、そして敗れた。お前の信念に懸ける思いの方が強かった、それだけのことだろ。それとも、奴を倒したお前の剣は、命を懸けるに値しない代物か?」

「わかってる」

 彼女を討ったことに、後悔はない。私の背負うものも、決して軽くはない。

 だが、結果として、ポルキュスの理想は失われた。ウェンディには、その理想が間違っているとは思えなかったのだ。

 誰かの切実な理想を否定して、その上に打ち立てた正義の旗は、果たして本当に民を救い得るだろうか。

 力を持つお前達が憎い。ポルキュスはそう言った。それはまさに、ウェンディが帝国に対して思ったことだ。私達の戦いは、結局、帝国のしていることと何ら変わりないのではないか。

「ちょっと、他の都市の様子を見てくる。ウォーレンに言っておいて」

 そう言い残すと、ウェンディはグリフォンのパラディオを借り受け、パルミラを後にした。

 パルミラの南、本島中央部の山岳地帯に隠れるようにして、トンガレバという自治都市がある。上空から見つけたウェンディはそこに降り立ち、自治都市トンガレバを解放した。

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「人間と人魚の無情なる争いを止めていただき、ありがとうございます」

 ウェンディと面会したトンガレバの首長は、まずは感謝の意を述べた。

「ですが、貴殿方反乱軍は、十分に民からの信頼を得ていると、本当に言えますか?」

 胸の内を直接に突かれ、ウェンディは思わず言葉に詰まる。

「このままでは、たとえ帝国を倒しても、エンドラの二の舞ですよ」

「民は、人魚の居ない世界を望んでいる。でも人魚だって、同じこの大陸に住まう民でしょう?」

 ウェンディの返答に、首長は少し遠くを見る目になった。

「太古の伝説オウガバトルにおいて、このカストラート海は、最終決戦が行われた場とされています。力で勝るオウガに、人間は神の祝福を賜り勝利できたのです。あくまで伝説にすぎませんが、人間と人魚が共に在るこの地で祝福を得たのは、偶然ではないと私は思います。人魚を迫害する今の人間の姿は、かつてのオウガと同じなのではないでしょうか」

 そこで首長は、ウェンディの目を見据えた。

「人は様々に物事を言うでしょう。同じ姿を見て、或る者は人だと主張すれば、魚だと意見する者も居る。話を鵜呑みにするばかりでなく、常に自分の考えを持つよう心がけなさい。何が正義で、何が悪か、せめて己の中だけでも見極められるように。さすれば、神に祝福される道を歩めるはずです」

 自分にとっての善悪を、考え続ける。首長のその言葉で、少し視界が開けた気がする。

 ウェンディは、首長に礼を言って、トンガレバを後にした。

 

 ウェンディは、拠点を提供してくれた、ファニングの町へやって来た。

「ポルキュスを討ち果たしたのですね」

「貴方のおかげよ」

 ファニングの領主は、静かに首を振った。

「我等が人魚達にしてきたことを思えば、ポルキュスの怒りは無理もありません。にも拘わらず、武力に頼ることでしか、彼女を鎮めることができなかった。自分達の業の深さが身に沁みます」

 領主は、ウェンディの目を見つめて言う。

「このような悲劇が二度と起こらぬよう、今後は人魚達と共存できる道を探していくつもりです」

 人の意見は、一様ではない。そのことで悩んだウェンディだったが、今は寧ろ、それを救いのように感じていた。

「ファニングの領主さんは、いるかい? お、ウェンディもここだったか」

 飛んできたのは、カノープスだった。

「海域統治の人事について、ウォーレンが相談したいらしい。一緒にパルミラへ来てもらえないか?」

 領主を連れていくカノープスに付いて、ウェンディもパルミラへ戻ることにした。

 道中、カノープスはウェンディに言った。

「前に、お前に正義の話をしたのを覚えてるか?」

「勝者だけが正義を語れる。絶対の正義なんかない。そんなとこだったかしら。本当、嫌みな人だと思ったわ」

「悪かったよ、あの頃は荒んでたんだ」

 カノープスは困ったような顔をしてみせながら、

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「勝者にしか正義は語れない、それは間違いない。だが、勝者の正義が、必ずしも敗者の正義を否定しなきゃならないってわけでもねえんじゃねえか」

 はっとするウェンディ。

「お前は、お前自身の正義を信じていると言った。そして俺達も、その正義を信じて戦ってるんだ。この戦いが間違いじゃなかったと、俺達にも示してみせてくれ」

 迷いは吹っ切れた。

 カノープスに問われ、ウェンディは自身が何を懸けて戦っているのかを、改めて思い出した。私自身が明日を信じられる世界。それこそが私の目指す正義だ。

 ファニング領主とウォーレンの会談が終わるのを、海を見ながらウェンディは待っていた。

 やがて、領主を見送ったウォーレンの方から、ウェンディの元へ声を掛けに来た。

「ポルキュス等が帝国に付いた後も、人魚達の多くは海中に潜んでおり、表立って人間への敵対行動を取ることはなかったそうです。彼女が倒れた今、カストラート海における動乱は、一応の収まりを見せたと言っていいでしょう」

 ウォーレンは、静かに語り始めた。

「ポルキュスが本来の棲家である海上で戦ったなら、我等もかなりの苦戦を強いられたでしょう。しかし、彼女は地上を支配しようとした」

 摂理に反した望みが、彼女の命取りとなった。

「あるいは、我等を足留めするため、地上に本拠を置くよう、帝国に仕向けられたのかもしれません。ポルキュス等の反乱は、帝国からしても悩みの種の一つでした。エンドラは、初めから、ポルキュスがこの戦いで命を落とすことを望んでいたのかもしれません」

 そうとは知らず、自らの理想に命を懸けて、そして彼女は散った。決して守られることはない約束のために。

カストラート海の統治について、お願いがある」

 ウェンディは、今日一日考えていたことを切り出した。

「ここを、人間と人魚が共に暮らしていける海にして欲しい」

 ウェンディの提案を、ウォーレンは予期していたように頷いた。

「実は、ファニングの領主殿をお呼びしたのも、その件だったのです。今後、このカストラート海は、人間と人魚、双方の代表者でもって、統治していきたいと思います。ついては、その人選、特に人魚側に際して、伝手はないかと領主殿に打診したところでした」

 そうだったのか。ウェンディが指示するまでもなく、ウォーレンもこの海のことを考えて、動いてくれていた。

「但し、民の間に長年に渡って醸成された差別感情が、そう簡単に無くなるとは思いません」

「今後、不当に人魚を害した人間に対しては、我が軍の名を以て、厳罰に処す」

「御意のままに」

 それは、ウェンディにとってのけじめだった。人魚の国を作ろうというポルキュスを、力で以て排したのだ。なれば、反対に人魚の生活を脅かす者に対しても、力を以て排除する。所詮、力を行使するだけの軍にすぎない自分達には、これが精一杯のできることであり、且つ、やらねばならないことなのだ。

 このカストラート海に浮かぶ無数の島々。その一つ一つに人が住んでおり、パルミラやファニングがそうであるように、それぞれが異なる意思を持った命なのだ。

 彼等の願いを、一辺に叶えることはできない。唯一絶対の正解が、あるわけではない。

 でも、だからこそ、全ての人が笑顔で暮らしていける世界を導きたい。これ以上、明日を信じられず、生き急ぐ魂が現れぬように。

 ウェンディは信じたかった。ポルキュスが命を懸けてまで果たしたかった悲願は、間違いではなかった。彼女の戦いは、無駄ではなかったのだと。

 叩かれ、いたぶられ、虐げられてきた人魚達。同胞が上げ続けた積年の断末魔が、人魚の海の女王に、道を誤らせた。

 宿願を果たすことなく、女王はカストラートの泡と消えたが、彼女を討ったその者は、涙の涸れたと言う人魚の瞳に、最後の海が残されているのを確かに見た。

 大陸の外から来た乙女は、人魚の海を知っていたわけではない。それでも、あらゆる者に開かれた彼女の海には、女王の流した世界で一番小さな海が、その居場所を見出だしたのだった。

 

 

伝説のオウガバトル

伝説のオウガバトル

  • 発売日: 1993/03/12
  • メディア: Video Game